ふるさとは 遠きにありて 思ふもの

室生犀星の詩の冒頭部分。耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。故郷から遠く離れたところから、ふるさとを懐かしがってうたったことば……そんな風に解釈されていることも多いようですが、詩の全体を読むと実は違います。

室生犀星が、都会から故郷・金沢に帰り、「ずっと遠くから懐かしんでいた故郷だが、実際に戻ってみるとそこは思っていたような場所ではなかった」と気づいたということを綴った詩のようです。


詩の全文は知らなかったけれど、不思議と誤解せずこのことばの意味を理解していました。故郷とか家族って、ちょっと離れているくらいの方がちょうどいいよね。そんな実感が自分の中にあったからでしょうか。

今週は、〔ミモレ編集室〕で選書ブログをアップする週です。海沿いの街に住むエレガントなメンバーさんからのリクエストは、「家族の情景を描いた小説」。相方の悠さんのセレクトにうなりながら、私もやっと一冊選びました。

このブログでは、(小説指定だったので)選から漏れた本を三冊ご紹介します。「ゆうかな選書」番外編、どうぞ。

家族終了』(酒井順子/集英社)。ミモレで連載もされていた、エッセイストの酒井順子さん。ご両親を亡くし、闘病していたお兄さんが亡くなったことで、自分が生まれ育った「生育家族」が終了。「家族って、終わるんだな……」という思いが発端になり、現代日本における「家族」にまつわる価値観の変遷を実感を持って綴ったエッセイです。普通に書いたら辛い・痛いということも、酒井さんのひょうひょうとした文章に乗せられるとなんだかすーっと読めるのですよね。不思議です。
家族についての感覚は今、二つに分かれつつあるのでしょう。従来型のキツい枠を嫌う人が逸脱すればするほど、枠の中にいる人達は、枠に守られている実感を強く持ち、その枠をしっかり固めるようになってきたのではないか。
なんで家族を続けるの?』(中野信子・内田也哉子/文春文庫)。ワイドショーにも何度も取り上げられた、樹木希林さんと内田裕也さんの結婚生活。その娘である内田也哉子さんは、両親とはまったく違う家族をつくろうとした。脳科学者の中野信子さんは、高校時代に両親が離婚。結婚を考えた男性には、「君は壊れた家の子だからね」と言われた……。そんな二人の対談です。不謹慎ですが、おもしろくないわけがあるだろうか、いやない。
むしろ、家族のあり方は多様であるべきだ、などと言っている時点で、実際かなり古臭いのかもしれません。すでに、日本でも離婚率が三割を超えています。家族のあり方は多様だという現実がもうあるのです。そのことを、社会は認めるべきでしょう。
傘のさし方がわからない』(岸田奈美/コルクスタジオ)。『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』で一躍有名になった岸田奈美さん。大病を患って車いすユーザーになった母、ダウン症の弟、急に亡くなった父。家族の屋台骨としてがむしゃらに働く岸田さん。そんな大車輪家族の日々のあれこれを綴ったエッセイです。「別に同情してくれなくていいんだよ。これ読んで笑ってね」という岸田さんの文体が好き。笑ったよ。そして頼むから、岸田さんも元気でいてね。と草葉の陰から祈っています。(本も全部買っています)
人間は希望がないから死ぬんじゃない。死にたくないから希望をつくるんだ。(中略)希望の中身は、家族だったり、仕事だったり、するんだろうね。(中略)でも、家族だけじゃ、家族だって荷が重い。希望はまれに誰かの負担になる。希望の中身は、分散できるほど安心だ。

 

先日はじめて人間ドックに行きました。思った以上に疲れました・・・。