白黒つかない「戦争」を小説のネタにする葛藤と意義
——『なれのはて』は戦争をはじめ、メディアと正義、家族、芸術の可能性など、さまざまな社会的テーマが盛り込まれた長編小説です。どんな出発点で構想を練り始めた作品ですか?
加藤シゲアキさん(以下、加藤):前作の『オルタネート』では若い人に本を読んでもらうことに重点を置いていて、高校生直木賞を受賞したことで目標を果たせた感覚がありました。一方で、文学賞をいただいたことで幅広い世代の方々から少し厳しい批評をいただくことも増えて。僕としては「だって小説の専門家に向けて書いたわけじゃないし」とも思ったのですが(笑)、もう30代半ばになりましたし、次は自分自身が作家として書きたいもの、書くべきものとじっくり向き合いたいと思っていました。
そして、僕は広島生まれなので、戦争はいつか書きたいテーマのひとつでした。タレントとして被爆体験者に話を聞く機会も定期的にありましたし、現地の方々から「戦争の物語を書いてほしい」と言われることも多かったのです。ただ、日本では広島や長崎以外にも戦災があったはずで、調べてみたら、過程で母方の祖父母が暮らす秋田県内で「日本最後の空襲」と言われる土崎空襲を知りました。それを描いた小説を書くことは自分の宿命だと思いましたね。
——戦争はエンターテイメント小説に落とし込むのが難しいテーマだと思いますが、挑戦することに迷いはなかったですか?
加藤:戦争をエンタメ作品のネタにすることには葛藤がありました。小説には架空の人物を配置するし、生死に関わる話について二次創作的なアプローチをしてもいいのだろうかと。でも、ノンフィクションや戦争の資料を読むのが苦手な人もいるし、物語にすることで人の心により深く入れることもありますよね。
加藤:そもそも、戦争をテーマにした作品は、小説家になったころは自分には書けないと思っていたんです。ただ作家活動を始めて10年が経って、アイドルをやりながら作家をやっている、若い人はもちろん幅広い世代の人と接点がある自分だからこそ、こういう小説を書くべきなのではという意識に変わってきました。戦争だけでなく、社会問題というのは、善悪で白黒はっきりつけられるわけではないですよね。そういうグラデーション、マーブルみたいなものを、僕は小説で描きたいと思っています。小説とは、答えではなく「問い」なんです。登場人物たちが出した結論の良し悪しは僕にも分かりませんが、読者の方々の心に何らかの余韻を残すことができたら嬉しいです。
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