都会の片隅の孤独。そんな情景から映画『異人たち』は幕を開けます。ロンドンのどこかにあるタワーマンションで、ひとりで執筆作業に取り組む脚本家の中年男――そんな主人公の心細さを滲ませるオープニングです。

昨年他界した脚本家・山田太一が1987年に発表した小説『異人たちとの夏』は翌1988年に大林宣彦監督によって映画化され、当時大きな話題を集めた作品でした。小説はその後2003年に英訳されますが、それからさらに時を経て、現代イギリスに舞台を移して再び映画化されたのがこの『異人たち』です。同じように寂しげな中年男性を主人公としながらも、原作や日本映画版と場所や時代が変わったことを始まりから印象づけます。

映画『異人たち』時代・土地・ジェンダーを超えた“孤独と癒やし”が心揺さぶる物語。山田太一原作小説を再映画化_img0
『異人たち』 4月19日(金)より公開 Ⓒ2023 20th Century Studios. All Rights Reserved. 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

ただ、基本的な物語の骨格は原作と同じです。主人公のアダム(アンドリュー・スコット)は40代の脚本家で、執筆のヒントを得るためにあるときロンドンから離れた郊外の故郷を訪れると、30年前にこの世を去ったはずの父(ジェイミー・ベル)に出会います。誘われるまま彼について行くと、アダムが幼少期に住んでいた家には母(クレア・フォイ)の姿もありました。3人は久しぶりの再会を喜び、アダムは不思議な温かさを感じるのでした。

 

この物語の中心にあるのはまず、キャリア的には成功しながらも、私生活では寂しい状況にある中年の主人公が死んだはずの両親と出会いなおすという幻想であり、郷愁です。彼は孤独な状況にあるからこそ、自分を絶対的に受け入れてくれる存在としての両親を精神的に求めているのです。舞台を変更した『異人たち』も、そうした意味で原作の精神をしっかり受け継いでいると言えます。

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『異人たち』 4月19日(金)より公開 Ⓒ2023 20th Century Studios. All Rights Reserved. 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

しかしながら『異人たち』では、大胆な脚色もおこなわれています。主人公のセクシュアリティがゲイに変更されているのです。原作で主人公が出会うのは同じマンションに住む若い女性であるのに対し、今回の映画化でアダムが出会うのは年下の青年ハリー(ポール・メスカル)。ふたりが次第に親密になっていく展開は原作通りとも言えますが、世代の異なる男性同士の関係が描かれることで、そこに含まれる意味やテーマが大きく変わっています。

ただし、この変更はいたずらな「改変」などではありません。監督のアンドリュー・ヘイはオープンリー・ゲイであり、これまでも現代のゲイが抱える心情を親密に映し出してきた映画作家だからです。そして『異人たち』では、これまで以上に切実なものとしてゲイが抱える孤独がきめ細やかに描かれます。