4月14日にスタートした日曜劇場『アンチヒーロー』(TBS系)。第1話の放送が終わり、ふと我に返った瞬間にゾワっとしました。なぜなら、明墨(長谷川博己)は、罪を償わなければならない殺人犯を無罪にしようとしている存在にも関わらず、彼を応援してしまっている自分がいたから。
序盤は、「そうそう、明墨はダークで危険な人物……」と思いながら観ていたのですが、法廷での姿があまりにもヒーローすぎたので、つい。描き方ひとつで、人の印象というものはこんなにも簡単に変わってしまうものなんですね。このゾワっとする感覚、ぜひみなさんにも味わってほしい!
ということで、本稿では3つのポイントに分けて『アンチヒーロー』の魅力を解説していきます。
「正義か悪か?」を問う視聴者参加型のストーリー
日常生活のなかでも、正義と悪がひっくり返る瞬間は多々あります。とくに現代は、毎日のようにSNSで炎上が繰り返され、その度にネット内裁判が巻き起こっている。前日まで悪だと思われ、ボロクソに叩かれていた人が、次の日には庇護される側になっていた……なんていうのは、よくある話です。そんな今だからこそ、『アンチヒーロー』のような物語が高評価を集めているのかもしれません。
『アンチヒーロー』は、ただ観て楽しむだけの作品じゃない。視聴者は、物語を追いかけながら、自分自身の正義を見つけていく仕組みになっています。たとえば、町工場で起きた社長殺害事件の容疑者になっている緋山(岩田剛典)は、本当に殺しをしてしまったのか。そんな緋山を弁護しようとしている明墨の正義は、どこにあるのか? とくに、明墨に関しては、善人なのか悪人なのか。イメージがコロコロ変わるんです。
「過ちを犯してもやり直せる。日本はそんな優しい国、とでもお思いですか? 殺人犯になった時点で、あなたの人生は終わります。人、殺してるんですから」と言っていた場面では、彼は殺人犯に対して強い憎しみを抱いているんだろう。もしかすると、大切な人を殺されたのだろうか? と思いました。しかし、次のシーンでは殺人犯を無罪にするために奮闘している。
そして、依頼人の利益のためなら、他人の障害を晒してしまう鬼畜な弁護士なのかと思ったら、「障害を理由に差別するような奴らは、絶対に許してはいけませんよ」とか言い出すし……。読めない、彼の本質が読めない!
ただ、この読めなさこそが、『アンチヒーロー』が伝えたいメッセージなのかもしれないと思いました。人の一面を見ただけで、安易に善悪を判断してしまう現代人に、警鐘を鳴らしているのかもしれん……と。どんどん世界観に巻き込まれていく感覚が、ゾワっとするけど楽しすぎます。
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