要介護の義父に、冷淡な親子。その理由とは?

幸い一命はとりとめたものの、手足に重度の麻痺が残り、義父・正さんは家のなかでも車椅子を使うことになりました。ヘルパーの助けを借りながら介護生活が始まります。

「ここでとても驚くことがあって……夫が、驚くほど要介護になった義父に対して冷淡に接するんです。というか、絶対に自分の生活ペースを変えたくないと考えているようでした。土日の登山もそのまま。平日もとくに早く帰ってくることはありません。介護は重労働なので、やっぱり男の人にいてほしいときも多いんですが、本当に、驚くほど階下の世帯に手を貸さないんです。

夫の、知られざる一面を見た思いでした。それまでも、少しクールで穏やかな人だとは思っていましたが、ふと、夫は義父を憎んでいるんじゃないかと思いました。それまでの会話ではわからなかったんですが、思えばあまり両親に対して感情を乗せないように話していました。そういう性格なのだと思っていたけれど、夫の育った家族は、私の預かり知らない物語があるんじゃないかと感じるようになったんです」

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介護が始まって半年もすると、義父・正さんは茉優さんの前で涙を流して感謝を伝えるようになりました。口数はさほど多くなくとも、茉優さんが妻や息子よりも世話を焼いてくれることに心から感謝していることは伝わってきました。もともと頼られると頑張る性格。茉優さんは幼い子3人を育てながら、義父の介護も相当担っていたといいます。

「その時義母の芳江さんはどのようなスタンスだったのでしょうか?」と思わず筆者は尋ねます。少なくとも、妻の芳江さんのほうが息子の嫁よりも正さんと過ごした時間からして多くの世話を担うのが自然な気がしました。

すると茉優さんは、とても言いづらそうに、あるいは思い出したくなさそうに、視線をさまよわせました。

「義母は……義父に触れるのをすごく嫌がっていました。体をふいたり、食事を食べさせたりすることが心底嫌なようで、ヘルパーさんがいないときは一切助けることはありません。一度、階段を降りかけたとき、階下の廊下で義母が車椅子を足で蹴ってトイレまで押しているのを見て、私は思わず息をのみました。義父は、黙ってその仕打ちと振動に耐えていました。気が付かないふりをして少し大きな声で話しかけながら降りて、私が車椅子を押しました。理由はわからないけれど、義母は義父を嫌っているのかもしれないと感じました。

 

でも義父は私には悪い人には見えなかったし、どんな理由があっても、要介護の人をじゃけんにするのは違うと思い、精一杯お世話をしました」

しばらく悩んだあと、そのことを夫の英輔さんに相談したという茉優さん。ほかにも気になっていることはありました。脳梗塞で倒れて以来、食事に困難があり、食べる量が減っていた義父。痩せていくのを見かねてできるだけ差し入れをしたり食べやすいものを作ったりしていましたが、義母の芳江さんは「どうせ食べられないから1日1、2食で充分」だと主張し、そのようにしていました。しかし茉優さんには、それでは義父がかわいそうに感じられました。

「口はきけるんだし、本人がいいって言ってるならそれでいいだろ」と英輔さんは言い放ちます。何か過去に理由があって義父に冷たいのかもしれないけれど、放っておけない茉優さんは、できるだけさりげなく、しかし毎日サポートを続けました。

和菓子が好物の正さんにお土産といって食べさせるなど、介護というよりも家族として普通に接していたといいます。するとある時は、正さんは涙をこぼして感謝したと言います。

親子、そして夫婦の問題は、簡単には他者が踏み込めない領域です。いくら家族でも配偶者が理解するのは難しい。茉優さんはそんな中で必死に距離感を探りながら、伺う限りとてもいいアプローチだったと応援したい気持ちになりました。

しかし、家族の問題はそう簡単には解きほぐせないのだと突きつけられる出来事が起こります。

後編は、義母の戦慄の行動、そしてそれを知った息子の発言、夫婦関係の変化について伺います。


写真/Shutterstock
取材・文/佐野倫子
構成/山本理沙
 

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