ミモレでは、30代後半からくらいから起こる『おしゃれがわからない』という暗闇の時期を『おしゃれ更年期』と名付け、今年の頭からたびたびテーマに取り上げています。それが毎回かなりの反響を呼んでいることから、編集部ではいま予想以上に多くの読者の方が『おしゃれ更年期』に突入し、どう対処したらよいのか悩んでいるというリアルな現状を知ることに。

そこで今回は、大草編集長が婦人画報社(現ハースト婦人画報社)の『ヴァンテーヌ』で新米編集者として奮闘していた頃からの憧れの先輩、光野桃さんをゲストにお迎えし、「おしゃれ更年期」を上手に乗り切るヒントを伺います。紆余曲折の時期を経てきたという光野さんから繰り出される含蓄に富んだ言葉の数々は、ファッションだけでなく、人生そのものを迷いから解き放つ大いなる指針となってくれること必至です。

光野桃(みつの・もも) 作家・エッセイスト 東京生まれ。小池一子氏に師事した後、女性誌編集者を経て、イタリア・ミラノに在住。帰国後、文筆活動を始める。1994年のデビュー作、『おしゃれの視線』がベストセラーに。 主な著書に『おしゃれのベーシック』(文春文庫)、『実りの庭』(文藝春秋)、『感じるからだ』(だいわ文庫)『あなたは欠けた月ではない』(文化出版局)『森へ行く日』(山と渓谷社)『おしゃれの幸福論』(KADOKAWA)など。また、還暦を記念して2月26日に上梓した新著『自由を着る』(KADOKAWA)が話題に。2008年より、五感をひらく時空間をテーマにしたイベント『桃の庭』を主宰。公式サイト 桃の庭FacebookファンサイトInstagram

 

「私が入社した時にはすでに桃さんはイタリアに旅立たれていたので、残念ながら一緒にお仕事をしたことはありません。でも、桃さんが当時『ヴァンテーヌ』に連載されていた記事を、毎回誰よりも楽しみにしていたのはきっとこの私です(笑)。これまで街で何度か偶然にお会いしたり、桃さんが主宰される茶話会に参加させていただいたり、ということはありましたが、こうしてゆっくり桃さんとお話しできたのは今日が初めて。長いこと憧れていた桃さんとの対談が実現できて感無量です!」

長かった『おしゃれ更年期』
を振り返って

 

大草:編集部には最近『この数年何を着てもピンとこない』『自分の似合うスタイルが分からなくなった』といった声が数多く寄せられています。とても意外なのですが、桃さんもかつて同じような悩みを持っていらしたんですよね。これまでの何冊かのご著書からそのことを知り、是非直接お話を伺いたいとずっと思っていたんです。

光野:ありがとうございます。そう、本にも書きましたが、私の場合は約10年間にわたっておしゃれどころではない時期というのがありまして。そのときは常にミモレの読者の方と同じような思いを抱えていました。

大草:桃さんがそんなに長い間、スランプ状態に陥っていたなんて。

光野:そうなんです。それはちょうどウツになって仕事を辞めた45歳の時に始まりました。ずっと男性のように頑張って働いてきたツケが回ったんでしょうね。当時はこの業界を一度離れたらもう復職するのは難しいという風潮があったので、完全に将来の復帰を諦め、先の見えない真っ暗闇の状態のなかで引退したんです。

それからほどなくして、転勤する家族とともに中東のバーレーンに移住することになったので、環境が変われば症状も改善するかと思いきや、慣れない国での暮らしに暗い気持ちで過ごす日々が続きました。それならせめてファッションだけでも楽しめたらよかったのですが、現地では皆が黒いアバヤを着ていておしゃれのモチベーションがあがらないし、とくに夏は連日50度という気温になるので装いのことを考える気力すら湧かない。気晴らしに出かける場所もなく、一緒に出掛ける友達もいないという状況で、1日中寝間着で過ごすということもよくありました。

そんなバーレーン生活の3年目に、母の介護をするために単身で帰国することに。私の実家は母一人、子一人でしたので、母の強い希望もあり、入院先から引き取って私一人がまるまる面倒をみることになったんです。そこからは24時間休みなしという在宅介護生活がスタートしました。当然下の世話もしますから、着る服といえばジャージにTシャツといった汚れてもいいようなものばかり。このときの生活があまりに大変で、仕事のウツから今度は介護ウツになってしまったほどでした。

大草:それは確かにおしゃれどころではない状況ですね。

光野:ええ。そういう生活が約1年半続きました。このころは、私の人生におしゃれなんていうものはもともと存在していなかったんじゃないか、というくらいひどい状態でしたね。そして、50歳の時に母を見送りました。私の心身はすっかり疲弊しきっていたので、しばらく体調を治すためにゆっくりと過ごしていましたが、その間に何とか頑張って書いた『おしゃれのベーシック』という本が予想外に売れてくれたおかげでまた仕事に復帰をすることに。ちょうど同じ頃、森や山など自然の中で過ごす機会が増えていたので、「トレッキング用にあの服を着よう」と考える余裕もできるほど、少しはおしゃれ心が戻ってきたんです。とはいえどんなに必死におしゃれを頑張ってみても全然納得できない、ということが多かったですね。その後も大病を患ったり人間関係のトラブルを抱えたりと、とにかく55歳でようやく喪が明ける気分になるまでの10年間は、私にとってまさに『おしゃれ更年期』だったような気がします。

おしゃれできないときは、
休んだっていい

 

大草:辛い10年でしたね。

光野:ええ。でも、今振り返ってみて思うのは、そうした更年期の期間というのは“ネクストステージへのインターバル”だったんだなということ。とくに私が就職した頃は、4年制大学の卒業生に就職の門戸が開かれていなかった時代。そんななかを同世代の仲間たちと仕事も結婚も思い通りに手に入れようと、頑張って道を切り拓いてきた感があるんですよ。いろんなことに傷つき、同時に人を傷つけもしながらね。そうして溜めてきた傷や毒、澱(おり)、頑張りすぎる癖etc……、さまざまな心の不純物を癒そうと思ったら、普通にしていてはまず癒せないんですよね。ではどうしたらいいかというと、自分の理性や知性などではコントロールできないような状況に、一度翻弄される必要があると私は思うんです。荒療治ではないけれども、荒波にもまれ、何が何だか分からなくなるような嵐の中を潜り抜けるような経験をすること。そして、全てを総ざらいして棚卸しして、一つ一つ確認していくこと。そうすることではじめて、不要なものを全て手放して自由になれるような気がするんです。そんな境地に立つことを与えてくれた更年期というのは、私にとって絶対に必要なものだったと言えますね。

でも、今の40代くらいの方々は本当に真面目。私の読者もそうですが、どんなに大変で辛い時期にも、身だしなみをきちんとして髪を巻いているような人が多い(笑)。しかも、それができないときには自分をダメな人間だと責めているのね。私はそういう方に、おしゃれどころではない時には無理をしなくていいんだとお伝えしています。おしゃれというのは心に余裕があってはじめてできるもの。でも誰だって、いつもいい状態でいられる時ばかりではないですよね? それに、おしゃれができない時というのは、目先のやらなければならない事項に集中すべき時期だということなんです。その間にたとえ心身がボロボロになったとしても、そういう誰にも見せたくない自分の最低の姿というものを見ておくのは大事。まだ先の話だけれど、やがて還暦を迎え、本当の意味で老人になっていく前に経験しておいたほうがいいプロセスなんですね。まあ、しばらくおしゃれを休んだって、おしゃれが好きだったらまた必ず戻ってこれるから大丈夫ですよ。長いおしゃれ更年期を経てきた私が自信をもって断言します(笑)。

 
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