トラブルシューティングの夜

『もしもし、川上です。取材お疲れさま』

編集長はすぐに電話に出た。編集部で仕事をしているいつもの横顔が頭に浮かぶ。

『編集長……。申し訳ありません、ゲラを、赤字が入っているゲラを紛失してしまいました。封筒には借り物の写真が入っています』

私はその場で顔を伏せながら、電話ごしに一息に告白した。

『駅と警察には届けたんですが、見つかりません。今から校正の原田さんに連絡して、コピーを取っていないか確認します。編集長が入れてくださった赤は復元できないので、明日、次の段階でご相談させてください。問題はお借りしている紙焼き写真で……こちらは今から先方に謝罪にいきます』

編集長は『そうか……』と絶句している。こういうとき叱り飛ばしたりするタイプじゃない。それでも、電話越しに困惑しているのがわかった。そりゃそうだ。お使いの若いバイトだってこんなミスはしない。大事なゲラを網棚に置いて、そのまま電車を降りた、とさらなる詳細はどうしても言えなかった。

『とりあえず、校正の赤字が復元できるか聞こう。封筒が出てくるかもしれないし、写真の謝罪は明日でも遅くない。僕は今から打ち合わせに行かなきゃならないけど、逐一連絡を取り合いましょう』

「5年も異動がない理由は…」深夜の職場で、密かに恋をしている上司の衝撃の言葉。動揺を隠せない彼女の決意とは?_img0
 

その後、私は印刷会社の担当者に事情を話してから、社外で校正を依頼している方に電話をした。なんと、さすがプロ、校正をしたゲラのコピーを持っているというではないか。

私はその足で御礼のお菓子を抱えてそれをいただきに行き、印刷会社に明日の朝一まで待ってもらうように再び連絡を入れた。編集部に戻ったのは夜の20時。編集長と絵里ちゃんはもう帰宅していて、心底ほっとした。

 

――とにかく今夜は私がこのコピーしたゲラを再読して赤字をいれよう。編集長の赤が復元できないから、細心の注意を払って、校正頑張らないと……。

私は徹夜を覚悟して、コーヒーを淹れると、赤ペンを握りしめた。今日は珍しくほかの編集部員も帰宅している。誰もいなくて好都合だった。ベテラン編集者らしく、もうミスなんてしません、という顔をしていたのに。原稿を電車に置いてきた、なんて言えやしない。

やるべきことが明確でよかった。時間に追われていることがありがたい。そうでなければ、自己嫌悪でいっぱいになってしまう。