「電話してっていったでしょう」

背後から急に声をかけれられて、私は思わずマンガみたいに「ひゃッ」と飛び上がった。

振り返ると、編集長が、明らかにあきれた表情でこちらにやってきて、私の隣のデスクに座った。

「5年も異動がない理由は…」深夜の職場で、密かに恋をしている上司の衝撃の言葉。動揺を隠せない彼女の決意とは?_img0
 

「す、すみません……! え!? 電話いただいてますか? あ、マナーモードだ、取材だったから……。ごめんなさい、こんなときに」

バッグのスマホを慌てて出すと、着信5件。すべて編集長からだった。

「こういう時は、関係各所から連絡があるかもしれないし、すぐ連絡をとれるようにしておかないと」

編集長はそう言いながら、白い紙袋をがさっとこちらに回してきた。駅前の、フルーツサンドのお店のロゴだ。

 

「さてと。赤、入れなおすか。駅に寄ってきいてゲラの封筒届いてないか訊いたんだけど、残念ながらまだないって。ドラマみたいに颯爽と回収してきて、持ってきてやりたかったけど」

「そんな……本当に申し訳ありません」

編集長は、ちょっと肩をすくめると、少し笑って、私の手元にある校正のバックアップ版を半分、持っていった。

「原稿、失くすなよ。手から離すな。死んでもだ」

ゲラから目を離さず、編集長は静かな声で言った。

「はい。申し訳ありませんでした。網棚に置いてしまいました。不注意でした」

職場で叱られたのは、久しぶりだった。怒られるのは、恥ずかしいやら情けないやらで、私は首にぎゅっと力が入る。

「大事なものは、離すな。絶対だ」