「電話してっていったでしょう」
背後から急に声をかけれられて、私は思わずマンガみたいに「ひゃッ」と飛び上がった。
振り返ると、編集長が、明らかにあきれた表情でこちらにやってきて、私の隣のデスクに座った。
「す、すみません……! え!? 電話いただいてますか? あ、マナーモードだ、取材だったから……。ごめんなさい、こんなときに」
バッグのスマホを慌てて出すと、着信5件。すべて編集長からだった。
「こういう時は、関係各所から連絡があるかもしれないし、すぐ連絡をとれるようにしておかないと」
編集長はそう言いながら、白い紙袋をがさっとこちらに回してきた。駅前の、フルーツサンドのお店のロゴだ。
「さてと。赤、入れなおすか。駅に寄ってきいてゲラの封筒届いてないか訊いたんだけど、残念ながらまだないって。ドラマみたいに颯爽と回収してきて、持ってきてやりたかったけど」
「そんな……本当に申し訳ありません」
編集長は、ちょっと肩をすくめると、少し笑って、私の手元にある校正のバックアップ版を半分、持っていった。
「原稿、失くすなよ。手から離すな。死んでもだ」
ゲラから目を離さず、編集長は静かな声で言った。
「はい。申し訳ありませんでした。網棚に置いてしまいました。不注意でした」
職場で叱られたのは、久しぶりだった。怒られるのは、恥ずかしいやら情けないやらで、私は首にぎゅっと力が入る。
「大事なものは、離すな。絶対だ」
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