平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。


前編のあらすじ 浅見美紀(42)は編集プロダクションで働くおひとりさま女子。愛想はないが切れ者の編集長・川上彬(44)と、忙しく働いている。学生アルバイトの絵里(20)が来て、多少にぎやかになる職場。このまま穏やかに働いていきたいと願う美紀だったが、更年期症状と思われる不調があり、愕然とする。そんななか、職場の飲み会で、同志のようにも思っていた川上が早稲田を出ていると知る。お嬢様学校で育った絵里と、実は高校から名門私立の川上に対し、養護施設育ちの自分に引け目を感じる美紀だったが……?

前編はこちら「もしやこれって更年期!?」42歳独身女子に起こった、予想外の体調変化。そのときまっさきに考えたのは...>>
 

第78話 ひとりとひとり【中編】

混んだ車内でホットフラッシュ…!吹き出す汗が原因で、思わずとってしまった行動が大トラブルの原因に!?_img0
 

――ちょっと寝不足になると、顔が一気に5歳くらい老けるようになったなあ。

残業の翌日、私は会社のお手洗いで鏡をみながらぎょっとして、それからがっくりと肩を落とした。

老化はじわじわではなく、突如として実感する、なんてネット記事を読んだ気がするけれど、あれは先人たちの率直な申し送りだったんだ。

疲れているのか、体が妙に重たい。水分をたっぷりため込んで、掌をにぎるとむっちりと厚みを感じる。そのくせ肌はかさついていて、もういいところがちっともない。

「絵里ちゃん、校正が終わった原稿を、取材のついでに印刷所に届けてくるね。戻りは少し遅くなるけど、なにかあったらいつでも電話して」

「え? 浅見さんが届けなくても、私、行きますよ!」

「大丈夫、取材先、市ヶ谷なの。印刷所は歩いてすぐだからちょうどいいのよ」

私はひらひらと手を振って、素早く席を立った。編集長が電話をしている間に出てしまおう。

職場の飲み会以来、なんだか勝手にいじけて、私はなんとなく編集長を避けていた。我ながら面倒くさい部下だ。

彼はそんなことにはもちろん気づかず、いつも通り淡々と、でもすごい速さで仕事を片付けている。私情をはさまず、ペースの崩れない男。いつもはその変わらない横顔が頼もしかったけれど、今回は寂しいような、ホッとするような、なんとも言えない気持ちだった。

編集長はきっと、自分や同僚がどこの大学を出たかなんて気にしていないに違いない。風の噂で若い頃結婚していて、別れたと聞いたことがあるけれど、それさえ気にしていないような気がした。

それは結局のところ、自分に自信があるからだと思う。私がことさら、ろくでもない親に捨てられて施設出身なことを気にして隠しているのは、自信がないからだ。

「親にもいらないと言われるくらいの子だから、そりゃあその程度よね」と言われたら、私は多分、息が止まってしまうと思う。そう言われないために、人並以上に頑張ってきた20年だった。

この気持ちはきっと、編集長や絵里ちゃんには絶対にわからない。恵まれていないことは自分のせいじゃない。それでも欠けていることを悲しく、恥ずかしく思うのが子どもであり、その気持ちは大人になってもそう簡単に成仏はしないのだ。