エッセイスト・小島慶子さんが夫婦関係のあやを綴ります。

夫が私の誕生日を間違えて「お祝いメッセージ」を送ってきた。湧き上がる疑念とウキウキの夫【小島慶子エッセイ】_img0
 

夫が、私の誕生日を間違えた。先日スマホを見ていたら、画面上部に「お誕生日おめでとう!」という夫からのメッセージアプリの通知が出たのだ。開くとすでに「送信取り消し」になっていた。でも仕事仲間とのやり取り中だった私は通知バーが引っ込む前に、しかとその文言を目にしたのだ。「さては、日付を間違えたな」と訝しく思った。こんなことは初めてだ。メールを開くとデジタルバースデーカードが届いていた。「日付設定する前に送信されてしまったのでまだ開けないでね」とある。嘘つけ。設定しないで送れるようにはなってねえよ。きっと送信してから間違いに気づいて焦ったのだ。

 

しかしなぜ間違えたのだろうか。早期認知症の兆候かもしれない。あるいは私よりも誕生日が4日早い親密な誰かへのお祝いメッセージを誤送信したか。前者だったら困る。後者なら相手が独身で経済力があることを願う。速やかにお譲りしよう。

夫が私の誕生日を間違えて「お祝いメッセージ」を送ってきた。湧き上がる疑念とウキウキの夫【小島慶子エッセイ】_img1
写真:Shutterstock

私の脳みそは、なんでもすごいスピードで先まで考えすぎる癖がある。夫が日本に帰国することになった途端、「これからは夫婦二人暮らしか。彼が先に死んだら寂しいのだろうな」と、もはや夫亡き後の心境になって涙目でイメトレを始めていた。いや待て、自分が先に死ぬかもしれないぞとも考えて、エンディングノートを作らなくてはと焦ったり。

何か新しい刺激があるとすぐに連想ゲームが始まる。しかも大抵、最悪のケースを想定するのだ。そのうち脳内イメージの方が現実のような気がしてきて、「いなくなってみるとやっぱり寂しいな」と勝手に夫を追悼し、「いざこの世とお別れとなると懐かしい思い出が」と1人で人生の走馬灯を回したりする。

今回のことがもし早期認知症の前兆だったら、症状の進行を遅らせながらなるべく自立した日常生活を送ることができるようにするにはどうすればいいのだろう。私が働きながらサポートするにはどうすればいいのか。お金はどうしよう、誰に相談すれば……といろいろ考えた。

そうではなくて、もし夫に恋人がいるのだとしたら。当然、不貞行為にあたる。しかし「恋は雷に打たれるようなもの。誰も避けられないんです!」と瀬戸内寂聴さんが言っていた。もし夫が恋のイカヅチに打たれたのなら、それは致し方ない。かつて人間に線引きをして、モノのように扱っていい女性と大事な妻とを全くの別物と考えていた元クソ野郎が、妻以外の女性も人間だと気づいてまともに恋をするようになったのだから、むしろ大きな進歩と言えるだろう。

その恋の相手がしっかり稼いでいて経済的不安がないなら、私も安心してバトンを渡すことができる。相手にも稼ぎがなく、2人で赤貧の愛を生きるというなら、それも当人たちの選択だ。還暦近くなってそんな捨て身の恋ができるなんて、胸を打つ話だ。

だが好きになったからには、真面目にやれと言いたい。罪悪感にも苦しんで欲しいものだ。どうしても好きな人ができてしまったんだ……と、考えに考えて苦しんで欲しい。そして全知力を振り絞って、どちらも傷つけまいと無駄な努力をしてほしい。その姿こそ尊いではないか。なのに、うっかり誕おめ誤送信するとは脇が甘すぎる。本気でやれ! 恋人にも妻にも失礼だよ! 嘘をつくなら、誰にも言わずに1人で墓まで持って行く。事実を告げるなら、死ぬまで極悪人と言われることを引き受ける。どっちもできないなら、傍迷惑だから恋なんかするな。

と、ここまで脳内シミュレーションドラマを進めてハッとした。もしかして、ラジオのせいじゃ?

 
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