「立場が人を作る」を社長になってわかった
——諏訪さんは元々、おとなしい性格だったんですね。
諏訪:そうなんですよ。「昔はあんなにおとなしかったのに!」ってみんな驚いています(笑)。自分でも知らなかった強さですが、だんだんうまく使いこなせるようになりました。
よく「立場が人を作る」と言いますが、その通りだなって。社長の立場になることで、求められることへの責任感が自然と備わってくる。勉強しなきゃいけないことも増えるからこそ、立場が人を育ててくれるのだと感じますし、まずはやってみようという勇気ももらえました。だから私は今でも、新しいところに飛び込むのが好きなんだと思います。
——2021年からは、岸田内閣が設置した「新しい資本主義実現会議」にも有識者として出席されて、今年6月には日本テレビHDの独立社外取締役にも就任されています。今でも、どんどん新しいところに飛び込んでいらっしゃいますよね。
諏訪:考えてもみないことだったので、お話をいただいたときは、「え、私のような町工場の社長が?」「本当にいいんですか?」って思ったんです。でも、たとえ私がその場にふさわしくないとしても、未知の世界に飛び込むことで勉強せざるを得ない状況に自分を追い込んでいくことは、私にとってすごく重要なことです。
日本経済や中小企業の現状を理解して発言するというのは大きな責任が伴いますが、あえてそういう環境に身を置くことで、視野を広げることができる。そんなチャンスを逃しちゃいけないなと思って、喜んでお受けすることにしました。
そうえいえば息子に、「10年後、自分はどうなってると思う?」って聞かれたとき、「もっとビッグになってると思うよ!」って即答したんですよ(笑)。偉くなりたいとかそういうことではなくて、イメージすることが自分の背中を押してくれるんです。まずは自分で思い描かないことには、実現なんてしないですからね。
社長だけど「ビジネス書」はあえて読まない
——ちなみに、諏訪さんが専業主婦から社長になられたとき、経営論だったり、ビジネス書などもたくさん読まれたのでしょうか。
諏訪:ビジネス書はね、あえて読むのを避けたんです。
——えっ、それはなぜですか?
諏訪:なんとなく、自分を型にはめたくなかったんです。だって、私が従業員のみんなに伝えたことが誰かの言葉だったとしたら、その人の言葉を盗んだことになってしまうから。私が考えたことは、私自身の言葉で伝えたくて。それに、世の中には優秀な経営者がたくさんいるけれど、この小さな「ダイヤ精機」という町工場の社長に一番ふさわしいのは私だという自信がある。それだけ会社のことを知ろうと努力してきましたし、実際に会社のことを誰よりも知っているという自負もあります。だからあえて、他の経営者の本は読みませんでした。
——諏訪さん自身は社長として、どんなことを大切にしていますか。
諏訪:自分が嫌だと思うことを、人にしてはいけない。逆に、人からされて嬉しかったことは、他の人にもしてあげたい。一番はこれですね。ダイヤ精機で働いてくれているみんなには、嫌な思いをしながら仕事をしてほしくないんです。だから、一人ひとりをよく見て働きやすい環境を作ることを目指してきましたし、会社の慣習や規則を変えることもしてきました。私は、お互いがどういう考えを持っているのか、どういう家族構成なのか、そういった背景も含めて従業員を知ることで、いい環境づくりができると信じているんです。
私が子どもの頃から見てきたのは、笑顔があって、ワイワイガヤガヤした雰囲気の「ダイヤ精機」です。そんな昔ながらの町工場に、少しでも近づけたらいいなと思っています。
『町工場の娘 主婦から社長になった2代目の10年戦争』
著者:諏訪貴子 日経ビジネス人文庫/日経BP 990円(税込)
専業主婦から人生が一変。32歳で突然父の町工場を継いだ諏訪貴子さんの奮闘記。リストラ宣告、赤字経営に直面しながら再建に成功し、「町工場の星」と称される諏訪さんの10年の軌跡を描く。
『町工場の星 「人が辞めない最高の職人集団」全員参加経営の秘密』
著者:諏訪貴子 日経BP 1870円(税込)
諏訪さんが経営者として20年間を歩む中で得た、「人が辞めない組織づくり」の秘訣を紹介。数々の危機を乗り越えたその経営手法、人材育成、社員とのコミュニケーションなど、強い組織づくりのヒントが満載!
取材・文/金澤英恵
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