「点数は、計算」
「……」
斗真くんは、俺の質問には答えず、ハンバーグをもぐもぐと食べ続ける。視線は合わなかった。ナイフとフォークを持つ手は、まだ細い。爆発的な成長期の、直前の男の子。でも表情はすでに大人びていた。
「斗真くん、星雲中に行きたくないならばお母さまにそう言うべきです。当日もわざと落ちるつもりですね? もしかしてすべての学校の入試でそうするつもりですか? そうだとしても模試でわざと低い点数を取るのがいまひとつわかりません」
「……せんせー、頭いいのに小学生が考えることくらいわからないの? 適当な偏差値とってれば、星雲に特攻しろなんて言わないと思ったんだよ。あの点数くらいがちょうどいいんだ、35とかとると、ママ発狂して夜中も家庭教師連れてくるだろ」
「なるほど。でも、このままだとお母さまの意向は変えられませんよ。寮が嫌なら、ちゃんと話し合いましょう。都内にも医学部に強い難関校はくさるほどあります」
「はあ、わかってないねせんせー。ママはとにかく寮のある学校に入れたいだけ。医学部に強い学校ならパパも賛成するしね。オレを追っ払って厄介払いしたいんだって。アイジンと電話で言ってた。鬼畜だろー? だからオレ、全滅して、公立しかいくとこないって状況にするんだ。そこんとこ、よろしくね。
せんせーはきっとめっちゃ責められるから、悪いと思ってるけど……。緊張でお腹が痛くてダメだった、とか一応いうからさ、お金早めにもらって関わらないほうがいいよ」
俺は視線を落として、薄く、ぬるくなったコーヒーを一口飲んだ。空虚な味がした。
「お見事です、いつも偏差値48から50で揃える職人ですね。高い、とても高い学力がなければできない芸当です。
……でも、無駄な動きです。何にもつながらない。そんなことをしてもお母さまは気付かないし、星雲中に落ちても、受験で全滅しても、結局は肝心なことは伝わらず、あなたの人生になにもプラスにならない」
斗真くんはうるさいなあ、とつぶやいた。
「そんなんわかってるよ。でもムカつくだろ? 母親のくせにさ、信じらんねー。子どもを塾にいくつもいれて、夜中まで勉強させて。自分は勉強なんてしたこともないくせに。挙句に浮気してオレをおっぱらおうったってそうはいかねーよ。オレが落ちて、親戚中から責められればいいんだ。そしたらオレ、みんなの前でしくしく泣いてやる。『ママが浮気してるから、メンタルがやばくておっこった』ってさ」
「……いいですね、ダメージは絶大、なかなかいいプランAだ」
斗真くんは、初めて食べる手をとめて、こちらを見た。
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