平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。
これまでのはなし 「合格請負人」として名を馳せる家庭教師、神崎隼人。中学受験生を難関校に合格させてきた。しかし百戦錬磨の彼でも、今回の依頼人、沢田斗真の母親に対しては違和感を覚える。「いくらお金がかかってもいい。21時からでもいいから毎日教えてください。医学部進学率が高い、全寮制の中学にどうしても合格させて」という母親。一方、息子の斗真の成績はいまひとつ。しかし予想外にクールでクレバーな印象で……?
第88話 家庭教師は見た【中編】
「今日の授業テストはどうでしたか? 秋からは授業の点数でもクラスが動きますから、非常に大切です。さっそく解きなおしましょう」
水曜日の21時。こんな時間から家庭教師なんて、俺が言うのもなんだが非常識に過ぎる。斗真くんは16時半から20時まですでに塾で授業を受けているのだ。
体力も集中力も限界のはず。入試本番まで4カ月しかないけれど、無茶をせず、しかし確実に基礎を固めるための日々のスケジュールを組んでいこう。こんなに遅い時間の勉強は効率も下がる。思考系ではなく作業系の問題に取り組んで、むしろ俺がいない間の自主学習プランに力を入れるべきだろう。
「じゃあ、一緒に理科の暗記チェックをしていきましょう。かたっぱしから答えてください、弱い分野をあぶりだします」
「オッケー」
斗真は母親ゆずりの大きな目をくるりと回して、頭の後ろで手を組んだ。淡々と一問一答に応えていく。ざっと100問、ハイスピードでオリジナルの問題に答えさせたが、間違えたのはたったの4問だった。
「……よく覚えています。テストのときは、いつもどこから解いていますか? 筆記用具は何を使っていますか? お腹が痛くなってしまうなどは? そのくらい覚えていたらこの前の合判は6割は切らないはずですが」
俺の問いかけに、斗真はしれっと答える。
「なんだよ~一生懸命答えたのに、ひどいよせんせー」
その言い方で確信した。なぜかはわからないが、彼はわざと適当に解いている。
一体何のために? 彼は小さい頃から塾に通わされ、個別教室や家庭教師までつけられている。あとたった数カ月。わざと悪い成績をとる理由がわからない。
「……斗真くんは合格したら何をしたいですか?」
知識問題を、鼻歌を歌いながら埋めている斗真に尋ねた。
「合格しないよ、せんせー。俺は星雲中学には合格しない」
Comment