偏った考え方の自分が「ちょっとダサいな」と思った


幅:私は男兄弟の長男として育ったので、ジェンダーに関して自覚的になった時に、言い方が難しいんですが、倫理とか公正さの追求というより以前に、偏った考え方の自分が「ちょっとダサいな」と思ったんです。そういう偏りは「自分を重くする」というか、楽しく健やかに生きていけない気がしたんですよね。逆にそういう自分に「上野千鶴子」を放り込んだら何が起こるのか見たかったりもして。後ろから叩かれたような気持ちになりながら、結構気持ちがいいんです。

大森:私がジェンダーに興味を持ったきっかけは、ミモレに携わり、たくさんの女性の生の声を聞いた経験が大きかったです。大人の女性が自分をどう見せるか? にこんなに悩むのって、自己肯定感の問題が大きいんだろうなと感じて。なんでそうなんだろう? といろいろ読み始めたら、視点が増えて、気づきが増えて、面白くて止まらなくなっちゃって。ジェンダーの話って、そこだけじゃ絶対に終わらないんです。例えば選書の中の『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か』。には、経済効率のために女性を家に閉じ込めることから出来上がった社会システムをどうしようか、というようなことも書かれていて。

「ジェンダー本だと企画が通らない、マーケットがない」は本当か?幅允孝・選、あなただけの1冊に出会うライブラリー_img0
 

幅:『男尊女卑依存症社会』もそうですね。結局、社会のシステム全体がそのありように依存し、そこに安住していることはどうなんだろうという。

大森:「ジェンダー」「フェミニズム」というと、「肩身が狭くなる」と敬遠する方も多いと思いますが、みんなの問題、社会システムの問題ってことなんですよね。でも目の前のことが苦しくてそこまでは考えられない、という人の心を守る本も必要で。『母親になって後悔してる』は今までは口に出せなかった本音や現実が詰まっていて、「自分だけじゃない」と勇気を持てた方も多いのではないかと思います。

幅:僕は女子サッカーをモチーフにした『女の答えはピッチにある』がすごく好きで。企画中に五輪をやっていたのもあるんですが、女性アスリート関連本は増えています。この作品は、ジェンダーなんて無関係と言う人にも楽しめる面白さです。

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大森:今回の選書の中で私が読んでいたものは、アメリカの研究者の著作とか韓国のエッセイとか、ほぼ翻訳ものでした。翻訳してくれてありがとうと思うと同時に、日本の著者がまだまだ足りないんですよね。

幅:例えば今回選んだ『イエスの意味はイエス……』のカロリン・エムケは、テーマに論理的に迫りながらも、それ以外のこと、例えば暮らしの中で見た自然の風景とか、ユーモアやウィットを忘れないんですよね。そういう書籍が日本でももう少しでてきてくれないかなあと。

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大森:数年前にある喫茶店で、隣のテーブルでライターさんが編集者にジェンダー関連の企画を売りこんでいたんですが、編集者が「それだと企画が通らない、マーケットがない」というような断り方をしていて。これはよろしくないなと思いました。というのも本って、マーケットのない場所に灯台となって火を灯すものだと思うんですよね。楔を打つではないけれど、この時代にこの本が出た、ということも大事だし。

幅:もっと言うなら「マーケット」という言葉が、本を商品として扱いすぎている感じがして、僕には違和感があります。もちろん商品をたくさん売ることも大事ですが、おっしゃるように、この時代にこういう声があったこと、それを紙に定着させて50年100年後に残すことって、出版社にとってすごく大きな使命だと思います。小さい出版社は頑張っているところが多いんですが、大きいところにも頑張っていただきたいですよね。

大森:今回は選書の担当編集者を一同に集めるイベントを、展覧会の神保編集長に提案したんです。結局、こういう本をつくる人って孤軍奮闘組が多いんですよね。パイが小さいからどれだけ売れても、社内からは評価されにくい。だからそういう機会を作って、みんなで称え合ってつながっていく、連帯するのがいいんじゃないかなと思って。出版社の決定権者にも、幅さんの選書を通じて「これが当たり前に必要とされてる」と気づいてくれるといいなと思います。

幅:ジェンダーに関する何かを感じさせる本って、昔からあると思うんですよ。例えば戦後の女性詩とか見ても、茨木のり子さんや新川和江さんのようなこれまで文学としては扱われてきたものも、そういう見方ができると思います。ジェンダーについて考える機会に、そういう作品を思い出せるくらいの余裕を、決定権がある人たちにも持ってもらいたいですね。
 

 


<INFORMATION>
小さな本の展覧会22
「私たちの「思い込み」に気づく本棚 ―ジェンダーと読書―」

2024年11月7日(木)~29日(金)@出版クラブライブラリー
入場無料 平日10時〜18時(土日祝日は閉館)

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今日の社会において、性差や年齢によるあからさまな区分・差別は減らされつつあり、
私たちひとりひとりにも、それなりの心構えができてきた、と思うこの頃……なのに
ふとした瞬間にはっと気づかされる、自分の中にたしかにある「思い込み」

仕事の場で「事業責任者を紹介します」と言われたとき、
友人から「わんぱくで困ってる」とこぼされたとき、
誰かの知人について「お菓子づくりが趣味」と聞いたとき、
あなたは、どんな人物を思い浮かべるでしょうか?

まったく悪気はなく、自然に思い描かれるイメージやシーン、
「女なのに」「男のくせに」「子どもだから」と心のなかでささやく声、
それらは、どこから来たのでしょうか
いつから、持っていたのでしょうか
生まれたときから? それとも……

いつのまにか抱えていたこだわりや偏見から
他の人の言動に腹を立てたり責めたり、
自分の気持ちや将来を制限してしまったり

そうした枷の存在に気づいて、その謎を解き、
ひとつひとつ外していくことが、
人がその人らしく生きる第一歩になります。

ここに集められた本は、
一足早く不自由さや不自然さに気づいた著者から
私たちへの示唆とメッセージに満ちています。
誰もが願ったとおりの人生を生ききる、
そんな世界への願いを込めた本棚へようこそ。


撮影/柏原力
取材・文/渥美志保
構成/坂口彩
 
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