意外な再訪
「こんばんは」
私はどこかほっとしながら、急いで受付に出た。ランドセルを背負った女の子が立っている。手にした傘がびっしょりと濡れて、足元に水たまりを作った。小学校1、2年生くらいだろうか。1拍遅れてお母さんが入ってくると思ったが、誰も続いてこなかった。
「あれ? 一人できたの? 表の道、暗かったでしょう、大丈夫?」
私は受付を出て、ドアの前に行った。子ども用のスリッパを出しながら、正面からはっきりと女の子の顔を見る。
「あ……! 愛理、ちゃん!?」
私が素っ頓狂な声を上げたせいで、先生も診察室から顔を出した。
背はだいぶ伸びているけれど、彼女は「木村愛理ちゃん」。1年前から仕舞われている、あの棚の詰め物の型主だ。
「わあ、久しぶり、元気だったかな? 今日は予約はしてないよね? お母さんは?」
私は彼女に手招きしながらスリッパを勧めた。愛理ちゃんは髪の毛も伸びていて、なんとなく1年前よりもふっくらしたような気がする。
傘を傘立てに入れると、おずおずと靴を脱いで、待合室に入った。落ち着かない様子でもじもじしていたけれど、意を決したように顔をあげる。
「あのう……先週、学校の町探検のとき、この前を通って。あの時の歯医者さんだって気がつきました。お父さんに、行きたいっていったら『おれは仕事だから、学校の帰りにひとりで行ってこい』って。これ、保険証です」
愛理ちゃんは、小さいけれど、しっかりした声で、ランドセルを開けて可愛いポーチに入った保険証を手渡してくれた。ランドセルの中にある持ち物は、新しくてきちんとそろっているのが見えて、ホッとする。1年前のあの様子から、経済的に困窮しているのではないかと心配していた。
保険証には「木村愛理」と書いてある。7歳。お父さんの名前もちゃんと載っている。
「お金も、2000円もらってきました。先生とお姉さんに借りてるから、もっとちょうだいっていったんだけど、借りてるのはあいつだから、ってそれしかくれなくて」
「あいつ?」
私は、彼女の口からでた不釣り合いな言葉に驚いて、保険証をコピーする手を止めた。
「お母さん。……お母さん、私を連れて夜のうちに一緒に家から逃げたの。でも去年とうとうお金がなくなって、おまけにあんなことになって失敗しちゃった。私だけお父さんのところに戻されたの」
私は驚いて、愛理ちゃんのそばで身を屈めた。
外の雨の音が、一層強くなる。
次回予告
引き離された親子に起きたこととは?
イラスト/Semo
編集/山本理沙
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