平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。
前編のあらすじ
薫は離婚後、近所の歯科医院で働いている。院長の諒太は腕がよくてお人好し。平穏な毎日に満足していて、ずっと働きたいとひそかに思っている。
ある雨の夕方、予約のない母娘がやってきて、きけば娘の愛理は1週間も歯の痛みに耐えているという。診察を勧めると、母親は「保険証がないから自費診療になる」といいにくそうに告げる。お金は払えるときでいい、と治療をする諒太に母はとても感謝するが翌週、母娘は予約の時間に現れず……?
前編はこちら「先生、この子保険証がないんです……」雨の夜、歯科医院にとびこみできた親子。歯が痛いと訴える幼子に医師が言った言葉とは?>>
第95話 長い借用 中編
「あーあ、降ってきちゃいましたよ……小田さん、杖大丈夫かな、滑らなきゃいいけれど」
すっかり薄暗くなった冬の曇り空。冷たい雨が落ちてくるのを受付から見て、ため息をつく。
歯科医院と書いてあるプレートを拭いていると、案の定小田さんからキャンセルの電話が入った。足が少し悪いので無理して転んだら大変。ほっとして、明日の夕方に再予約をとると、電話を切った。
「先生、小田さんは明日に予約を変更とのことです。ということで次の予約までしばらくあるので、何かやることありませんか? 待合室、モップかけましょうか、運動がてら」
私は腕まくりしながら診察室の奥で、納品された薬や詰め物の点検をしている諒太先生のところに行った。
先生は、パウチされた小さなビニール袋をいくつか手にしている。
「ちょうどよかった、薫さん。これもう時間が経っちゃってはまらないと思うから、破棄しましょうか。カルテに、それを記録してもらえますか?」
「ええ、もちろん……って先生、これ、3年前じゃないですか。あ、これ5年前! ひょっとして、この医院を継いで以来ずうっとこの棚に置いてるんですか? 途中で来なくなった患者さんの詰め物を!」
「いやいや、さすがにそんな無精じゃありません。僕だって、今後また患者さんがいらしても型の取り直しだなと思うものは処分していますよ」
「今度からはもう少し早く私に渡してくださいね、そこにずっと並べておくと間違いが起こりやすくなりますから」
私は処分品を先生から受け取ってメモをしてから廃棄し、ついでにラックを整理することにした。
背が高い先生用に、棚は天井近くまでものが置けるようになっている。小袋が均等に並ぶように注意しながら、ラベルがよく見えて、簡単に届くところに移した。診察前に、トレーに詰め物を用意しておくのは私の役目。150センチの私でも見やすいように並べていくと、ひときわ小さな袋があった。
「……先生、これももういらないんじゃないですか?」
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