自分では変わっていないようでも、月日と共に変化し続けているもの。私自身は40歳を過ぎてからは、日常生活の中で、「あ、年とったな」と感じることが増えてきました……。
人は、どんなときに「年とったな」と思うのでしょうか。そして、どうやってその現実と向き合っていけばいいのでしょうか。


どんなときに「年とったな」と思うのか

 

身体的な老化はもちろんのこと、そうではないところでも、「年とったなぁ」と感じることはあるもの。
個人的には、こんなときに年齢を感じます。

 

・友達との話題が「健康」になったとき
年齢によって友達との話題は変わってきますよね。「健康」はもちろんのこと、「親の介護」や子供がいる友達の場合は、「子育て」の話とか。
20代のときは一緒に朝まで遊んでいた友達と、健康の話をするようになるなんて、不思議な気分です。

年齢を重ねるにつれて、ホルモンバランスが変わってきますが、女性ホルモンの重要さをつくづく感じるものです。これが乱れると体調の不調はもちろんのこと、心まで乱れますしね。
若い頃とは違って、「健康であることがいかに大事なのか」を実感できるようになったからこそ、なおさら、健康にまつわる話題が増えてきたところもあるのでしょうね。

・気に入っていた服が似合わなくなったとき
たとえ体形的には若い頃の服が着られても、年をとるにつれてだんだん似合わなくなってくることってありますよね。
デザインや丈の長さはもちろんのこと、私は明るい色合いの服が好きなので、赤、ピンク、黄色系の服が多いこともあり、洋服に自分自身が負けている? と感じるようになってきました。

明るい色の服を着るときは、自分もある程度、エネルギッシュである必要があるもの。でも、中年と言われる年齢になって自分のエネルギーが落ち着いてくると、服のほうが勝っていると感じるようになってしまいました。
それもあって、最近は、マスタード(辛子色)やトルコブルー、薄めのパープルピンクなど、以前よりも落ち着いた色の服を好むようになりました。そのほうが着ていてしっくりしますしね。

・下着は「楽さ」で選ぶようになったとき
これは個人差あると思いますが、若い頃はつけ心地はイマイチでも、バストアップなど見た目がよくなることを重視した下着をつけていたものですが、やはり「体に負担のかけない下着が一番いい!」という風にだんだんなってきました……。

なにより、いちいち手洗いするのは面倒なので、洗濯機で一緒に洗える、丈夫なもののほうがよくなってきますしね。
個人的には、ユニクロのブラトップを初めて着用したとき、あまりの楽さに感動し、変わっていきました。あれが境目ですね。

・走るのが遅くなったとき(もしくは、走るのが億劫になったとき)
例えば、目の前の信号が青のとき、「渡ってしまいたい!」と思って走るのですが、あまりの自分の足の遅さに驚くことがあります。
日頃、走る機会がないので、確実に足の力が弱まっています。ちょっと走っただけで、足が痛くなることもありますしね。

それこそ、信号が点滅中に走るなら、まだ若いですが、最近は、走ること自体が億劫になり、「次でいいや」という気になります。
ただ、走ることが遅くなった今では、そういう倦怠感が、むしろ安全装置になっていることもあるのかもしれません。人間の体は、よくできています(笑)。

このほかにも、人によっては、「食の好みが変わった」「涙もろくなった」「演歌が心に沁みるようになった」などもあるかもしれません。
こんな自分の変化に、どうやって向き合っていけばいいのでしょうか。それについては、次のページで紹介します。

次ページ▶︎「自分の変化に苦しまなくなる方法」について

【漫画】彼女が年をとらない理由
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