『失楽園』は、男性のための「ファンタジー」


『失楽園』の大ブームを覚えている方はどれだけいるでしょう。

当時『失楽園』は、『日本経済新聞』で連載されていました。新聞連載では例のない不倫の性描写が大きな話題となり、『失楽園』というタイトルは流行語にまでなったほど。そして、通勤時にサラリーマンの方たちが満員電車でこれを読み、朝から揃って興奮する......という、何とも信じがたい社会現象を巻き起こしたのです。映画・テレビドラマ化もされました。

 

ただこのとき、多くの女性がこの大流行を冷めた目で眺めていたのをご存知でしょうか? 

私もその一人でしたが、『失楽園』は男性にとって少々都合の良すぎる“ファンタジー”的な設定になっていると思うのです。

出世街道を外れた中年のおじさんの前に、突然ひと回りも年下の美人の人妻・凛子が現れ恋に落ち、性愛の限りを尽くす。凛子には医者の夫がいるけれど、おじさんに夢中。しかも子どもがいないので旅行などの小回りも利いちゃう......など。

正直なところ、ストーリーの面白さや刺激とは別に、女としてところどころツッコミを入れたくなります。

さらに『失楽園』の主人公は妻も子どももおり、凛子と激しく愛し合いながらもなかなか離婚を決断しないという優柔不断男。しかも最後は凛子を幸せにするのではなく、心中を選ぶって......。

「意気地なし!!!」と叫びたくなるのは私だけでしょうか。

こうした男性の弱さが妙にリアルに現れていて、そんな彼を受け入れてどこまでもついていく美人という構図が大ヒットの要因の一つなのかもしれませんが。

 


3歳児の母親が「出会ってしまった」男


一方で、『奇跡』。

『失楽園』が男性にとってのファンタジーなら、『奇跡』は女性にとってのファンタジーなのかも知れません。

主人公の博子さんは、前頁でも引用した通り、3歳の男の子の母親。しかも梨園という厳しい世界に嫁ぎ、ひたすら稼業に従事する生活を送っています。

たとえ嫁ぎ先が歌舞伎の家でなかったとしても、結婚して子どものいる妻ならば、誰しもそれなりの不満や苦労は抱えているでしょう。

しかしながら、一見華やかに見える「梨園の妻」としての博子さんの役割は、今の時代ではなかなか耐え難いような重労働に思えました。物語ではあまり触れられていませんが、当時のご主人の女性関係にも胸を痛められていたように感じます。

そんな中で、博子さんは文中に何度も繰り返し書かれているように、一人の男性に「出会ってしまう」のです。