こんなに綺麗な不倫が、あっていいのか?


ちょっと俗っぽい話になりますが、この「出会ってしまった」田原桂一さんという男性は、フランス在住の世界的なアーティスト。しかも長身で外見も魅力的とのこと。

そもそも夫も歌舞伎俳優なのに、また違った魅力を持った超ハイスペ男性(失礼)が現れ、二人のあいだで揺れる美女(30代)......なんて、ファンタジーというか、まるで大人向けの少女漫画です。

また、一般的な不倫コンテンツに慣れていると、「真面目な人妻が、悪い男に遊ばれるだけじゃないか」なんて展開を思い描きがちですが、田原氏は、とにかく嘘偽りない真摯な愛を博子さんに注ぎます。

具体的には、パリ行きの航空券を渡したり、博子さんが通いやすい場所に別宅を用意したり、さらには家庭に尽くすだけだった博子さんの才能を見出し、仕事を与えたり......。

何より驚くべきは、田原氏は博子さんの息子にも、まるで本当の家族のような愛情を持って接すること。息子さんも田原氏と強い絆で結ばれていきます。

 

筆者の個人的な話になってしまいますが、当時の博子さんと同じく、私も30代半ばで3歳の息子がいます。だからこそ、この展開がいかに「奇跡」であるかよく分かります。

 

ライターという職業柄、不倫の話もよく聞きますが、大体の男性は『失楽園』サイドです。

そして女性側も、そうした男性の生態をよくわかっているので、稀に「不倫」に足を踏み入れてしまったとしても器用に立ち回る。悲しい思いをしないために、気持ちをセーブする術を身につけます。

何かを期待しようものなら最後に必ずしっぺ返しが待っているし、不倫の恋はいずれ終わる。女は大人しく家庭に戻るか不幸になるかで、林真理子さんの他の小説も、そういった展開が多かったはずです。

ましてや、不倫の関係に子どもを持ち込むなんてもってのほか。ふつう、不倫相手の男性にとって子どもの存在は“興醒め要因”とも言えます。

しかしそんな常識を、『奇跡』は少々強引に覆してしまうのです。

読後は、少し複雑な気分になりました。こんなに綺麗な不倫の話があっていいのか。物語の中で、田原氏はまるでおとぎ話の王子様のような行動やセリフを繰り返します。まさにファンタジーのようなのに、でも、これは実話。

大事なことなのでもう一度言いますが、本作はあくまで実際にあったエピソードを元に描かれていることに、驚かされます。

そもそも一般的に、「不倫=許されないもの」のはず。特に有名人の場合は、公になればメディアで血祭りになり、何かしらの制裁を受ける......というのが、少なくとも私の中にある“常識”です。

しかし登場人物をSNSで検索すると、ちゃんと彼らのアカウントが存在して、特にトラブルもなく素敵な生活を送っていました。物語の中でも書かれていますが、この不倫によって不幸になった人はおらず、むしろ周囲も二人を応援しています。

こんなことって、あるんでしょうか。この現実が、もはや“奇跡”に思えてなりません......。

 


『奇跡』がママ雑誌の聖地・二子玉川で爆売れ……? 


ひとつだけ、筆者がこの奇跡が起きた理由を予想するとしたら、主人公の博子さんと田原氏が、とても勇気のある方だったからだと思います。

人が不倫に陥る原因は、だいたい何かに不満を抱いているから。夫への不満や仕事への不満。そして、それから目を背け逃れるために非現実的な恋に溺れていく。しかしお二人は、元の家庭に対してもきちんと責任をとり、何ひとつ現実から逃げるようなことはしません。誰も不幸にしないために、全力を注ぐ印象もありました。

そして、3歳の息子さんを「自分の分身」として堂々としている博子さん。それを丸ごと引き受けて博子さんを愛し続ける田原氏。

背負うものも大きいお二人が信念を貫き、お互いの愛を信じ合うには並々ならぬ勇気が必要だったはずです。

ゴシップを期待してページをめくり続けた自分が恥ずかしくなるくらいでした。

もっと言えば、お二人のような勇気さえあれば、不倫もハッピーエンドを迎えられるのでしょうか......?

ちなみに出版社のデータによると、某ママ雑誌の読者の聖地・二子玉川や、仕事帰りのアラサーアラフォー女性で賑わう恵比寿の書店などで特に売れているのだとか。

一見幸せそうに見える女性たちが、こっそり何かを夢見て『奇跡』を手にしているのかも......と思うのは、あまりに深読みしすぎでしょうか。


一生に一度、林真理子が描かずにはいられなかった愛の”奇跡の物語”


林真理子さんがここまで仰る『奇跡』。他の読者の方がどんな感想を持たれたのか、とても興味深いです。
 

文・構成/山本理沙