平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
お隣のあの人の独白に、そっと耳を傾けてみましょう……。

第4話 私のお手伝いさんは、いいお手伝いさん

 

「三田村さんがいなかったら、我が家はどうなってたのかな……幼児3人を抱えて単身赴任ワンオペなんて、きっと限界がきたと思います」

床暖房の温かさを素足で堪能しながら、ソファに座って手作りプリンにはしゃぐ子供たちを眺める。ホッとして思わず零れた言葉は、期せずして「お手伝いさん」の三田村さんに媚びるような響きを帯びていた。

普段の私はそういうタイプではない。饒舌になるのは、心から彼女に感謝している証だった。

 

「奥様のお力ですよ。子供たちもほら、見てください、こんなにいい子たちに育って。5歳、3歳、1歳の育児と家事を、お若いのにおひとりで切り盛りするなんて、本当に凄いことですよ」

三田村さんは、キッチンで水仕事をしながらそんな嬉しいことを言ってくれる。背が高く痩せているので少し上に見えるし、44歳とは思えない落ち着きがある。この時の彼女の言葉はそのまま私が誰かに、本当は夫に言って欲しい言葉だったから、ことさら胸に沁みた。

「最初はお手伝いさんなんてお願いするの、本当に考えられなかったんです。家族じゃない人がおうちにいるなんて、むしろ落ち着かないって。でも思い切ってお願いして本当に良かった」

私はソファから立ち上がり、しみじみと一番小さな息子の頬を撫でた。10カ月前、この子の1歳の誕生日に夫からめったにない昼間の電話がかかってきた日のことを思い出す。「インドに駐在になった……どうしよう」という言葉をきいたとき、あまりにも想定外で絶句したのが昨日のことのよう。

インドの工場地帯への駐在は、場所によるのだろうが、水や空気、医療へのアクセスを想像すると1歳児を含む3人の子連れはハードルが高かった。おまけに流行りの感染症は先が見通せず、何かあっても簡単に帰国はできない。

駐在生活への憧れは人一倍あり、「いつかは」と思っていたから、話し合いは長くシビアになった。夫だけがリゾート地と見紛うようなプールつきのサービスアパートメントで暮らし、私だけ子育てに追われて日本の3LDKに住むなんて悔しい、というのが正直な気持ちだった。

しかし最終的に、子どもたちの健康と安全より優先すべきものはない。私と夫は、単身赴任を選んだ。

ところが問題はすぐに勃発した。夫が赴任して3カ月後、プレッシャーから、私に「深刻な異変」が起きてしまう。

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孤独な妻を待つ、意外な展開とは……?
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