平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
お隣のあの人の独白に、そっと耳を傾けてみましょう……。
 

第8話 軽井沢の夜

 

「お母さん、ただいま! こういうの寒の戻り、っていうの? めちゃくちゃ寒い……!」

 

前触れもなく、バンと玄関から飛び込んできた息子の直樹。小学校6年生、最近の子にしては小柄で痩せているので、また私よりも少し小さい。

「お帰り~! 雪道滑ったでしょう? 手洗いうがいして。おやつ食べよ」

軽井沢の冬は、厳しくて美しい。

私たちの家が建つエリアは観光地とは少し離れているので、冬の来訪者はぐっと少なくなる。その分、少し歩けば広がっている森はまるでおとぎ話のように美しさが際立ち、雪に彩られた幻想的な風景を見せてくれる。移住して3年、本当によかったと思うのは夏よりも冬のほうが多かった。

「今週はお父さん東京だし、週末は大雪みたいだから籠れるように買い出しに行ってきたの。ちょっと買いすぎちゃった」

夫はWEBデザイナーで、リモートワークも可能だが、移住前から勤めている会社は東京にある。今でも1週間ずつ軽井沢と東京を行き来していた。

今週末も展示会があるとかで東京に行っていた。……もっとも最近ではやけに忙しそうにしていて、ほかに「理由」があるような気もしていたが、追及はしないようにしている。

週末は悪天候だというから、直樹と2人でこの一軒家にこもることになりそうだ。

「まだ4時だけど、なんだかもう薄暗いね」

直樹がおやつを頬張りながら窓の外を見る。夫はさまざまな希望を盛り込んでこの注文住宅を建てたが、そのうちのひとつがこの近代的にアレンジされた暖炉だ。柔らかな火が、暖かくゆらめいた。

――ピンポーン。

誰かがやって来た。私と直樹は顔を見合わせる。配達以外に、なんの連絡もなく誰かが尋ねてくることなどめったにない。インターホンをのぞくと、そこには黒いジャンパーに、マスク姿でフードをかぶった若い男が2人、立っていた。
 

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軽井沢の別荘地の一軒家。吹雪の前に、来訪者があり……?
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