私たちがいつの間にか抱えてしまう、日常の「怖い秘密」。
隣のあの人の独白に、そっと耳を傾けてみましょう……。


第2話 「裕福な主婦」という憂鬱

 

女として凡庸な私が、田園調布などという大層なエリアで子育てをするとは思ってもいなかった。

冬のこの街は、空気が冷たく乾いていて、青い空が目にしみる。駅から放射線状に広がる歩道の街路樹が、彩りと風情を添えていた。

駅を背中にしばらく歩くと、都心では見ないような堅牢な豪邸がずらりと並んでいる。放っておけば虚しく荒れてしまう冬の庭を、それぞれの家が心を尽くして整えているのがわかる。それはそのまま、この街の民度をあらわしていた。ここを歩くたび、街の住人になった幸運を思う。

 

駅前から焼きたてのパンと食材を抱えて15分も歩くと、60坪ほどの我が家に到着。この街のなかではこじんまりしているほうだが、亡くなった義両親の家を夫の雅也が6年前にリフォームして、すっかり生まれ変わった。私は急いで鍵をあけて中に入り、手早く食材を冷蔵庫に入れていく。時計は11時45分を指している。

近所のフレンチレストランで、娘の幼稚園のママ友2人とランチの約束をしていた。ちょっとした気晴らし。専業主婦のささやかで大切な楽しみだ。

それなのに、ちっとも心が浮き立たないのは何故だろう。

その原因を、私はそろそろ自覚しはじめていた。

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ありふれた日常に潜む、怖い秘密。そうっと覗いてみましょう……
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