増加し続ける高齢者の虐待


厚生労働省の調査によると、介護施設における高齢者の虐待件数は年々増加傾向にあります。調査を開始した2006年度に寄せられた相談や通報は273件でしたが、2021年度は2390件とわずか15年の間に10倍にも膨れ上がりました。実際に虐待と判断された件数は54件(2006年度)から13倍の739件となり、過去最多を更新しています。

虐待の事実が認められた場所は、国や地方自治体などが運営する公的施設の「特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)」が30.9%で最も多く、次いで「有料老人ホーム」(29.5%)となっています。今回の相談者・春香さんは有料老人ホームの入居を考えているようですが、残念ながら高いお金を払って有料老人ホームに入居したからといって、虐待を受ける確率が減るというわけではないのです。

「虐待」とひと言で言っても、その内容は身体的虐待から心理的虐待、性的虐待、経済的虐待、介護の放棄とさまざまです。調査によると、2021年度は身体的虐待が51.5%で最も多く、次いで心理的虐待(38.1%)、介護等放棄(23.9%)となっています(複数回答)。

そもそも虐待が起こってしまう原因は何なのでしょうか。主な要因としては、「教育・知識・介護技術等に関する問題」が56.2%で最も多く、次いで「職員のストレスや感情コントロールの問題」(22.9%)、「虐待を助長する組織風土や職員間の関係の悪さ、管理体制等」(21.5%)、「倫理観や理念の欠如」(12.7%)と続いています(複数回答)。


施設における虐待の実態


私・渋澤は、神奈川県川崎市の介護相談員として、介護事業所に出向いて利用者の疑問や不満、不安を聞き、介護サービス提供事業者と行政の橋渡しをしながら問題改善や介護サービスの質の向上に向けて活動しています。

そんな中で感じるのは、正直なところ、虐待とまではいかないけれど、少し改善の余地があるのでは……と感じるケアがポツポツとあるということ。何気ない手抜きやちょっとした強引さが、度を過ぎると虐待につながってしまうのです。

地域ケア政策ネットワークが行った調査の報告書には、介護相談員が感じた不適切なケアが記載されています。私もこのアンケートに回答しましたが、今回の相談者・春香さんのように「どのような行為が虐待なのか」という疑問に対しては参考になるのではないでしょうか。

具体的な例をいくつかご紹介しておきます。

Scene01_車椅子/椅子の扱い・動き回りそうな人を低いソファに座わらせ、自力では動けない体勢にしておく
・車椅子のタイヤの空気を抜く(空気がたくさん入っていると走りすぎて危険という職員の意見)
・無言で車椅子を動かす
・車椅子に身体を拘束し、壁の手すりに車椅子を固定する

Scene02_食事の場面で・両腕を椅子に縛りつけた状態で職員が食事介助
・認知症の方に対して、口を開けないからと鼻をつまんで食事介助
・目の前でどんぶりにハサミを入れてうどんを切る

Scene03_排泄において・紙おむつを着けている利用者が「おしっこが出た」と訴えても「時間じゃないから……」と交換してくれない
・夜間コールを押してもなかなか来てもらえず、「なぜ来てくれなかったのか?」と聞いたら大声で怒鳴られた
・他の利用者がいるホールのベッドでおむつ交換された
 

家族ができる虐待予防チェック


東京都福祉保健財団 高齢者権利擁護支援センターは、「虐待の芽チェックリスト」というものを公表しています。こちらは高齢者施設のスタッフが虐待防止を目的に使用するものですが、ご家族が施設見学をする際、これらの行動が行われていないかどうかをチェックし、施設の良し悪しを判断する材料にもなります。

 

介護の現場は常に人手不足で、業務過多になっています。また、職員は時に利用者からの暴言や暴力にさらされ、ストレスを抱えています。多くの職員は利用者の笑顔や感謝の言葉にやりがいを感じながらも、時にはつらく当たってしまうことがあるかもしれません。私たち家族側も、施設の職員の方々に感謝の心と言葉を忘れずにいたいものです。


構成/渋澤和世
取材・文/井手朋子
イラスト/Sumi
編集/佐野倫子

 

 

 

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