「ごきげんよう、幸平さん! いつも妹が大変お世話になっております」

土曜日の10時きっかりにハイヤーを乗り付けて、姉は我が家に颯爽とやってきた。

ハイブランドの夢みたいにきれいな色のワンピースに、それひとつの値段でこの辺じゃ家が買えるくらいのバッグを持ち、電車移動なんて1ミリも想定されていない華奢なヒールで、彼女はやってきた。

「ご……こんにちは、お義姉さん。ご無沙汰しています。急にいらっしゃるので、驚きましたよ……」

姉の圧倒的な非日常感と押しの強いオーラに、迎えに出た幸平さんも日頃は威張っているお義母さんも、ペコペコと玄関先で頭を下げる。

「わたくしのほうこそ、お休みの日に押しかけて申し訳ありません。学会がすぐ近くだったもので、ご挨拶に。いつも英玲奈が大変にお世話になっております」

姉は嫣然と微笑みながら、信じられないほど大きくて豪華なお花を幸平さんに手渡した。

「え、花!? こりゃまたすごいな」

面食らった様子で幸平さんが目を白黒させる。彼には豪華な花を家に飾る習慣がない。私が買って帰ると、もったいないと渋い顔をするのが常だった。

「おうちを明るくして、英玲奈を機嫌よくしてやってくださいね。この子、花も生き物も大好きなんです。それと18時に素晴らしく美味しいステーキ肉とお重が届くように手配したので、ぜひ今夜召し上がってください。私も英玲奈も小さい頃から大好きな老舗ホテルの味です。幸平さんやおばさまにも召し上がっていただきたいわ」

「おお……そんなに気を遣っていただかなくても。我々は義理とはいえ、きょうだいなんですから」

豪華な付け届けに気をよくした幸平さんがニコニコとそんな言葉を口にする。

姉はそれには何も答えず、無言で、ただ一層笑みを深くした。

 

「せっかくの機会に残念ですが、もう行かなくてはなりません。ごめんなさい。でも、遠く離れたこの土地で、妹がどんなふうに暮らしているのか、この目で確かめられてよかったわ。

英玲奈、車を待たせているの。帰りはもちろん送るから、会場まで道案内してくれない?」

「あ、うん、わかった! じゃあ幸平さん、ちょっと私、出てくるね」

「あ、ああ。ゆっくりしてきたら、俺ももうすぐ出るから。今夜は遅くなるかもしれないし」

「まあ、お義兄さんたら、ディナーまでにはぜひお戻りになって。お肉、とっても美味しいんです、召し上がってください。そのためにお持ちしたんですから。では、ごきげんよう。英玲奈、行きましょう」

私はスマホポーチだけ持つと、姉のあとについて家を出た。

 

家の前の私道を、車が待機している大通りまで、無言で姉のうしろを歩く。

じりじりと照り付ける陽射しのなかセミの声がわんわん響き、ふと、ずっと昔にこうして姉と外で遊んでいたことを思い出した。日が暮れるのを惜しむように、ずっと二人で。だから忙しい両親の帰りが遅くてもへっちゃらだった。

人前では饒舌な姉だが、二人きりのときは意外に言葉が少ないときがある。テンション高く生きている彼女が、ちょっと充電しているような、放電しているような、不思議なひととき。

「……つまんない旦那ね」

ちょっぴり感傷的になっていたというのに、車の後部座席に並ぶや否や何を言うかと思えば、この口のききようだ。

一気に現実に引き戻され、私は反論した。

次ページ▶︎ 姉が妹を訪ねた真意とは?

夏の夜、怖いシーンを覗いてみましょう…。
▼右にスワイプしてください▼