武者小路千家十五代次期家元として、国内外でお茶を点て、「茶の湯」の魅力を人々に伝えている千宗屋(せん・そうおく)さん。近著『茶のある暮らし 千宗屋のインスタ歳時記』は、これまでのインスタグラムをまとめた一冊です。お茶とデジタルという、一見相反する存在をつないだ、千さんの挑戦についてお伺いしました。

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千 宗屋 1975年京都府生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒、同大学大学院前期博士課程修了(中世日本絵画史)。2003年、武者小路千家十五代次期家元として後嗣号「宗屋」を襲名する。‘08年より1年間、文化庁文化交流使としてニューヨークに滞在。著作に『茶-利休と今をつなぐ』、『もしも利休があなたを招いたら』などがある。



備忘録のつもりで始めたインスタが、便利な自己紹介ツールに


千さんがインスタを始めたのは、2014年のこと。“インスタ映え”という言葉が2017年の流行語になったことを考えると、先駆け的存在だったといえるかもしれません。

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勧められたものの、実は最初は、さほど乗り気ではなかったと千さん。「FacebookやTwitterを利用するのには、少し違和感があったんです」。

「始めたきっかけは、アーティストの友人に勧められこと。もともと写真を撮るのが好きで、自分がいいな、美しいな、と思った瞬間を切り取って知人に送る、ということはしていました。そんなとき画像がメインで、自分の強調したい部分を目立たせるなどの加工もできるインスタの存在を知ったのです。それなら試しにやってみよう、と思ったのがはじまりでした」

折しもスタートした時期は、寒さが厳しくなってきた師走。年末年始のさまざまな行事があり、美しい情景に多く出会えるころでした。

「備忘録的に、画面メモのような感覚でスタートしたんですね。実際に始めてみたらダイレクトに反応があって面白くて、しばらく疎遠だった知人や、まったく面識のない人とのつながりももてました。それともう一つ、茶の湯の家に生まれ育ち、それを日々の生業にしているという実態は、多くの方々にはなかなか想像しにくいでしょう。そのため、『日々お茶を飲み、懐石料理しか食べていないのか』、『常に着物を着ているの?』といった質問をされる機会がとても多いのです。そんなとき、『日々のことをインスタにあげていますので、見てみてください』とお伝えすると、イメージがスムーズに共有できる。インスタは私にとって、最高の自己紹介ツールでもあるんです。
洋食や中華料理も大好きで、そういった食事の写真もたまに載せているんですよ」



デジタルから、
濃密で温かな人と人との交流が生まれた


伝統的な日本文化であるお茶と、最先端のデジタルツールであるインスタ。アナログな世界とデジタル、という一見相容れないような存在ながら、むしろとても相性がよかった、と千さんは気がついたそうです。

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銀座の森岡書店で出版記念トークショーも。イベントスペースでは千さんの私物が提供された「のみの市」も開催されました。
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「自分の茶会の際には、必ず道具を写真に収めています」。お茶と茶碗、茶筅さえあれば、世界中どこでもお茶が点てられると千さん。 建水がわりのボウルは柳宗理のものだそう。

「『一期一会』という言葉で表されるように、お茶の席は一度きりの、瞬間のもの。もちろん使用した道具やその取り合わせ、しつらえなどは文字で残されるのですが、そのときの雰囲気や光、会話、空気感などは、その場にいた人にしかわからないですよね。
その点、写真や映像は雰囲気を伝えるのにはもってこいのツール。ですから自分のお茶会の道具やしつらえは、以前から記録を撮るようにしていたんですが、インスタへのアップは、その延長線でもあったのです」

ただし、昔ながらの伝統を守るという立場から、ときにはデジタルツールを使うことに否定的な声も耳に入ってくることもあるそうで……。

「お茶の大きな魅力である“生の交わり”を、デジタルで人と共有してしまうのはどうなのか、という意見です。けれどもSNSなどのデジタルツールは、コミュニケーションのひとつに過ぎません。実は千利休は非常に筆まめな人で、お茶事へのお誘いから『商談があります』まで、ものすごくたくさんの手紙が残っているんですね。おそらく今、彼が生きていたら、電話はガンガンかけるでしょうし、LINEの返事はメチャクチャ早いと思います(笑)。
デジタルでもアナログでも、人が生の意志と意志を通わせることは同じ。意思疎通の手段は多いほうがいいし、便利なことにこしたことはないと思うのです。伝統文化を大切にし、伝えていくという立場からも、形式にこだわらなくてもいいんじゃないか、と。こだわるあまりに、本質を見失っては本末転倒ですから」



ちょっとした気遣いで四季を感じれば、忙しい毎日に余裕も


デジタルツールを活用して、アナログに還元する。千さんの著作『茶のある暮らし 千宗屋のインスタ歳時記』は、まさにそれを体現した1冊になりました。

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「少人数のお茶事の濃密な空気をSNSで伝えるのもひとつの形ですね。」

「リアルタイムで旬の情報を発信するインスタとは違い、過去に遡って眺められるのが本のいいところ。電子版などもありますが、やはり本を求めてずっしりとその重さを感じながら、家に帰って読むことを楽しみにするワクワク感はたまりませんよね。帰りの電車の中で、思わずチラ見したりして(笑)。この本は、歳時記としてカレンダー代わりに、パラパラめくるのにぴったり。本棚にしまうのではなくリビングやキッチンに置いていただいて、暮らしの中で、折に触れて開いてもらえたら嬉しいです」

ところで、かつては日常生活に自然が溢れていたためか、茶室にはあまり季節感が持ち込まれていなかったとのことですが、現代とは正反対ですね。
私たちが暮らしの中で、四季を感じるためのコツはあるのでしょうか?

「茶席は非日常を楽しむ場なので、年中変わらない景色を見ている私たちにとっては、四季を感じられる空間こそ非日常なのです。けれども12月になると急に寒くなったり、街にクリスマスや年末年始の飾りが溢れたりしますよね。そうした季節感に、敏感になることが大切。お客様を迎えるときに、季節のお花を花入れに入れたり、その時季ならではのお菓子を買ってきたり……。それだけで、ずいぶん四季の移ろいは感じる事が出来ると思います。季節ごとの美術館の展示や、神社仏閣の季節の祭りに出かけるのもいいですよね。そうした情報は、ネットで検索するとすぐに出てくる。そんなふうに生活に取り入れていけば、デジタルをアナログに還元するという、理想的な循環が生まれると思います」

千さんにとって「お茶」は仕事でもあり、生活に欠かせないもの。
忙しい日々の中で、リラックスする時間は?と尋ねると、それもお茶を飲む時間だといいます。

「一日の終わりには、自分のためだけにお茶を点て少しの甘いものとともに楽しみ、その後、本やスマホを片手にくつろぎの時間を過ごしています。
家に帰ると部屋着に着替え、簡単にお茶をいただいてリラックス、というのが日課なんですよ」

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『茶のある暮らし 千宗屋のインスタ歳時記』

著者  千宗屋 講談社 2700円(税別)

2016年の1月から2017年の12月まで、2年間のインスタ投稿を月ごとにまとめた千宗屋さんによる歳時記。年間の代表的な行事、茶会、日常の一服や稽古のしつらえ、花、お菓子のほか、日本各地の神社仏閣や行事などが収められています。千さんの日々の生活が垣間見られるだけでなく、お茶の入門書にもぴったり。

撮影/横山翔平(t.cube)
取材・文/萩原はるな
構成/片岡千晶(編集部)