本当に好きなものに巡り会うには
失敗も必要


光:そう、敬子さんは常にルールにとらわれず、自由に、軽やかにおしゃれを楽しんでいらっしゃいますよね。ご著書でも『好きなものしか着ない』と言い切っておられます。でも、その『好き』を見つけるというのが実は難しい。ミモレの読者の方々にも、『自分のスタイル』を見つけられずに悩んでいるという方が多いようなんです。敬子さんはどのようにして、好きなものや自分のスタイルを見つけてこられたんですか?

NYのブランドの民俗調のネックレスを『今朝、たまたま発掘して』、アクセサリーありきで本日のコーディネートを考えたという岡本さん。黒いワンピースにモノトーンの小物使いが映えて、洗練されたエスニックスタイルに。

岡:私は子どもの頃から母のお手製の服を着て育ってきたんですが、母が服を作ってくれるときには、必ず私にデザインから服の生地、ボタン、ファスナーなどのパーツまですべて選ばせてくれました。それが毎回のことなので正直をいうと疲れることもありましたが(笑)、今思うとそうした母の『服育』のおかげで、“好きなものを自分で選ぶ”ということが当たり前の感覚として身についていったように思います。だから、私からすると、好きなものが分からないという感覚の方が分からないんですよね。

光:なるほど。子どもの頃から服育を受けてこられた、つまり好きなものを選ぶ訓練をされてきたから、ごく自然にご自分のスタイルに辿り着かれたという。

岡:とはいえ、私もそこに辿り着くまでにはDCブランドから古着、ハイブランドまで、それこそ家一軒ぶんが買えるくらいの金額を服に投資してきました。だから、自分の軸となるような『好きなもの』を見つけるには、なるべく色々なタイプの服を着てみることなんじゃないかなと思います。よく『私にはこのアイテムは似合わないから着ない』と決めつけてしまう方がいらっしゃいますが、それはとてももったいないこと。失敗してもいいから、どんどん試してみたらいいと思うんです。私なんていまだによく失敗していますし(笑)。

光:いまでも失敗されているんですか?

岡:はい。たとえば先日、ジャージ風の楽ちんパンツを黒とベージュの色違いで2本買ったんですね。黒はよかったんですが、あるときベージュを履いてみたら、『あれ? ラクダのパンツっぽいぞ』って(笑)。買ったときのイメージとなんだか違う。それで色々と着こなしを工夫してみたものの、こればかりはもうどうにもならずにお蔵入りになってしまいました。

光:私もつい最近『ど失敗』したばかり(笑)。というのは私も敬子さんのようにエスニック風の服が好きで、髪を切ってから試着もせずにドレスを一着買ったんですね。そうしたら、それが全然似合わない。60歳を過ぎて首から肩のあたりや背中に丸みの出てきた体に、そのふわっとしたシルエットのドレスをまとうとただ丸っぽさが際立ってしまうんです。ツーブロックのヘアスタイルでエッジを効かせれば甘辛バランスがとれるかなと思ったら、どうも雰囲気違いというか、狙いが外れてしまって。この髪型は意外と服を選ぶということが分かりましたね。

岡:光野さんでも失敗なさるんですね。

光:ええ、もちろんです(笑)。でも本当は、誰だってできれば失敗はしたくないですよね。とくに今は、私たちが若い頃にファッションにある程度、投資できた時代とは違って、服にかけられる予算が限られていますし。そのなかで失敗をすることなく、最高に自分を美しく演出できるものを手に入れたいと思うミモレ世代の気持ちはよく分かるんです。だから、失敗を恐れずにどんどん試してほしいとは正直言いづらいところもありますが、それでもやっぱり失敗から学ぶことがあるというのも事実。そうして自分の『幅』を広げていくことが、好きなものを見つけるコツなんじゃないかなと思います。

岡:本当にそうですね。

光:そう。出会った瞬間に胸がドキドキするとか、何かを買ったときに嬉しさのあまり口から心臓が飛び出そうになったとか、どうやって家に帰ったのかも覚えていないとか。それくらいの『好き』に巡り会うためには、できるだけ沢山のものを見て、自分の既存のテリトリーを壊していくことかなと。

岡:なるほど。


ファーストインプレッションは
意外に信頼できる

黒縁の眼鏡といいモノトーンコーディネートといい、事前に打ち合わせをしたかのようなお二人のスタイルに、スタッフ一同が「まるでユニットのよう(笑)」と驚く一幕も。「私はワードローブからたまたま見つけたこのネックレスに合わせようと、黒いワンピースを選びました。でもこれを着るのはかなり久しぶりなんです」と岡本さんが言うと、「私もなぜか今日はこの白いシャツを手に取ってしまって。100年ぶり、といいたいくらい久々に袖を通しました」と光野さん。

光:でも、そんなに難しく考える必要はなくて。自分の好きなスタイルが分からない、という方でも、好きな食べ物ならすぐに思いつくんじゃないかしら。たとえば“白子”が好きか嫌いかどうかで悩む人はいないですよね(笑)。ファッションもそれと同じで、『好きなものは好き』でいいと思うんです。

岡:そうですよね。まずは試してみて嫌ならやめればいいだけ。それに、本当は誰でも絶対に『好きなもの』を持っていて、実はファーストインプレッションでぱっと分かるものだと思うんです。それを、いま流行っていないとか、人目が気になるとか頭でいろいろ考えてしまって、最初に自分が思ったことを抑えてしまう人が多いんじゃないかしら。お買い物で、自分の手持ちのワードローブをイメージしてどれを買うかさんざん迷った挙句に、結局は最初に手に取ったものを選んだ、という経験をしたことがある人は多いはず。そんな風に、着まわしできるか似合うかどうかなどあれこれ考えすぎず、ファーストインプレッションに従って選んだ方が、意外に間違わないものだと私は思っています。

光:私もそう思います。私の経験上、悩む時間が長くなるほど軸がブレるし、どんどん間違った方向に進んでいくような気がします。現代は、ファーストインプレッションという動物的な勘を思考よりも低いものだとみなすような教育がなされているけれど、おしゃれに関してはそれを大事にした方がいいと思いますね。

後編は1月18日(金)公開予定です。

 

『これからの私をつくる 29の美しいこと』

光野 桃 著 講談社 1200円(税別)

2017年の1年間にわたってミモレに掲載され、多くの読者から大好評を博した連載、『美の眼、日々の眼』。そこからとくに光野さんが気に入っている記事を抜粋し、加筆・再編集を行った新著。人生の土台を築く支えとなってくれるものは「美の力」であると語る光野さんが、それを生み出す物やひと、自然、おしゃれ、言葉など、「29の美しいこと」を情緒豊かな言葉で丁寧に紡ぎ出す。ふと、迷いやさみしさを感じたときに好きなページをめくるだけで、心のもやが晴れていくような一冊。

 

『好きな服を自由に着る』

岡本敬子 著 光文社 1500円(税別)

流行りのものを追うだけが、お洒落じゃない。着心地が良くて自分が本当に愛せるものを、いつでも気持ちよく身にまとう。そんな大人は、いつだって楽しそうで、かっこいい。ファッション業界にもファンを多数持ち、あこがれの的であるアタッシェ・ドゥ・プレス 岡本敬子さんによる、初のスタイルブックがついに完成しました。天気や日差しによって着るものを決める。色や柄は大胆に使う。小物をピリリと利かせる。動きやすく快適、だけど上品。めくるめく敬子流コーディネートをたっぷり詰め込んで、ページをめくるたび、ファッションがもっと好きになる1冊です。


撮影/目黒智子
取材・文/河野真理子
協力/吉村 有理江
構成/大森葉子、川良咲子(ミモレ編集部)
 
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