週刊現代での連載が16年目に突入したという、エッセイストの酒井順子さん。一年分の連載をまとめた本も、今年1月に発売された『次の人、どうぞ!』で13冊目になりました。週刊誌ならではの時事トピックをからめたエッセイを俯瞰すると、時代の特色が浮かびあがってきます。この新刊から見えてきたものは、「平成の終わり」。
今上天皇自らが退位を希望されて幕を下ろすことになった、平成という30年間はどんな時代だったのでしょうか?

酒井順子 1966年生まれ。東京都出身。高校生のときから雑誌でコラムの執筆を始める。立教大学卒業後、広告代理店勤務を経て執筆に専念。2004年に発表した『負け犬の遠吠え』はベストセラーとなり、婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞を受賞。他に『男尊女子』、『地震と独身』、『子の無い人生』、『源氏姉妹』、『ユーミンの罪』、『百年の女 – 『婦人公論』が見た大正、昭和、平成』など著書多数。最新作『次の人、どうぞ!』が好評発売中。
ミモレ掲載のインタビュー「『負け犬の遠吠え』の著者・酒井順子さんが考える『子の無い人生』(前編)(後編)」


平成の30年間は、
本格的な変化の前の助走期間


高校時代に『オリーブ』にエッセイを寄稿したことがきっかけで、文筆活動を始めた酒井順子さん。大学卒業後は大手広告代理店に就職して3年で退社、フリーランスとして執筆業に専念することになりました。そして2003(平成15)年には、『負け犬の遠吠え』を上梓。未婚、子なし、30代上の女性を“負け犬”と自虐的に定義した同書は、当事者である女性のみならず、さまざまな世代の男女に議論を巻き起こしました。

『負け犬の遠吠え』から15年、平成という時代の幕開けから30年が過ぎた今、酒井さんは平成という時代をどうとらえているのでしょうか?

「私にとっての平成は、昭和に比べるとさら〜っと過ぎていった気がしています。心の柔らかい時期を生きたのが昭和で、平成はすでに大人になっていたからなのかもしれません。しかし平成という時代は、本格的な変化の前の助走期間のようなものではないかという気がしています」

酒井さんが例に挙げたのは“セクハラ”。この言葉が社会で認識されるようになり、流行語大賞に選ばれたのは1989(平成元)年のこと。当時は軽いノリで使われていたこともあり、男女ともにセクハラの本質や、なぜセクハラが問題なのかを深く理解していた人はほとんどいなかったように思います。セクハラや性的暴行の被害について泣き寝入りせずに告発する「#MeToo」運動がアメリカで巻き起こったのは2017(平成29)年。その動きは日本にも広まっていきました。つまり、日本でセクハラの認知度が深まっていくのに約30年もの歳月がかかったとも言えるのです。

「昔に比べて女性政治家が激増したわけではなく、働く女性がどんどん出世しているわけでもない。女性の立場は、平成の間に案外変わっていません。ただそれは、次の時代に大きく変化するため、この30年間をかけて少しずつ力を溜めてきた、ということではないかと思っています」

最近、若い世代に『負け犬の遠吠え』効果があらわれ始めていることに気づいたという酒井さん。

「今の40代以上の女性は結婚や出産を先延ばしにしてきた人が多いのですが、20代は早く結婚したがっています。上の世代を見て、早いうちから仕事と子育ての両立などをシミュレーションしていると、『早く結婚しなくては』と思うのでしょう。でも中には考えすぎて、結婚をする前から、仕事と子育ての両立への不安に怯える人も。平成という時代の中で、人生も、子どもを産める時期も有限であるという感覚は、確実に広がってきました」

現在52歳である酒井さんは、50歳になったときに「イメージしていた50歳像とは違う!」と感じたとのこと。かといって、自分が将来どんな人間になり、どういう人生を歩むのかといった明確なビジョンがないままだったとも振り返ります。

「50歳は、もっと立派な存在なのかと思っていました。でもそのことを反省するでもなく、かといって昔がとても良かったと思うこともなく……。人生100年時代だからこそ、そのど真ん中で漂っているような感覚なのかもしれません」


自ら区切りをつけ、新たな扉を開く人々。
それができなくても、他に方法はある!


酒井さんは『次の人、どうぞ』で、平成が終わろうとしている今、新しい世界へ通じる扉を自らの意志で開く人が増えているのではないか、ということを指摘しています。今上天皇が存命中に退位を希望されたのはその最たるもので、平成の歌姫といわれた安室奈美恵が引退し、嵐も活動休止を発表しました。こうした動きからも、自分に区切りをつけるという新しい動きが見て取れます。

「大人になると、“卒業”がなくなります。しかも私は自由業で、好きなように日々を過ごすことができるので、余計に“区切り”に憧れますね。誰かが私に転勤の辞令を出してくれないかな〜、って思います。例えばハワイとか(笑) 区切りが外から与えられない人にとって、平成の終わりという時代の切れ目は、人生を動かす一つのタイミングになるのかもしれません」

結婚や出産、会社勤めであれば異動や転勤、転職などといった外的な要因で区切りが訪れることはあっても、いざ、自ら区切りをつけようとすると案外難しいもの。また、年齢を重ねると共に老いを感じることが増え、区切りをつけるどころか若さへの執着に悩まされる人も少なくありません。酒井さん自身はどうなのでしょうか?

「私は子どもの頃から魂がおばあさんでして、むしろ実年齢が自分の感覚より若すぎる、とずっと思っていました(笑)。それに、若いことによってものすごく得をした、というタイプでもありません。だから若い頃からのグラフの下がり方が緩やかで、落差にあまり気づかないのかも」

自分のことを“いろんな意味で乱高下が少ない体質”と分析する酒井さんですが、若い頃にすごく得をしたり、ちやほやされたりしてきた経験の持ち主には別の楽しさがあったはずと推測します。

「若い時にものすごく得をしてきた人は、やはりかけがえのない体験をしてきたわけです。ただ、その体験を引きずっていると、年をとってからの落差に驚くのではないかという気がします」

自ら区切りをつけ、能動的な一歩を踏み出そうとする流れがある一方で、性格的にそれができない人もいます。実は酒井さんもその一人で、ほぼ“自分で決めない人生”を歩んできたと言います。

「人生の中で自ら決意したのは、会社を辞めたことくらいでしょうか。私は積極的な性格ではなく、話すことも不得意ですし明るくもないから、中学生の頃に『せめて人から誘われたら、断るのはやめよう』と決めてみたんです。すると私が無口なので、友達になるのは向こうから話しかけてくれる人ばかり。結果的に私の友人は明るい人だらけになりました。人生においても、最初はその手法でお声がかかった方を見ているうちに、次第に自分が本当に興味を持つことができる道がわかってきた気がします」

このように、自分から能動的に何かをできないのであれば、“受け入れる”という方法もありだという酒井さん。

「『置かれた場所で咲きなさい』という言葉もありますが、誰しもが華やかな舞台でスポットライトを浴びるわけではない。与えられた場所で、まずは自分なりに工夫することから始めるのでもいいと思うんですよね。エッセイを書く時も、『何を書いてもいいです』と言われるのが実は一番大変で、テーマは狭ければ狭い方が、工夫のしがいがあります。縛りがあることによって、そこから新しいものが生まれる可能性がありますから」

 

<書籍紹介>
『次の人、どうぞ! 』

酒井順子 著 ¥1350(税抜) 講談社

週刊現代で15年間続く、人気連載のエッセイ集の第13弾。今回は2017年9月から2018年10月までの連載から50本をまとめたもの。今上天皇自らが退位を決め、平成の歌姫・安室奈美恵がマイクを置いたことなどからも、自分の扉を自分で開けるという時代の流れが感じられたこの1年。酒井さんならではの視点によって切り取られたエッセイから、平成が終わり、新しい時代が始まる今のリアルな姿が伝わってくる。


撮影/横山順子
取材・文/吉川明子
構成/川端里恵(編集部)