クイズです。三月に劇場公開される二本の映画『キャプテン・マーベル』と『バンブルビー』の共通点はいったい何?
普通だったら正解は、「ハリウッド大作シリーズの中の1本」。『キャプテン・マーベル』はアイアンマンやキャプテン・アメリカが活躍する<マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)>、『バンブルビー』は自動車や飛行機に変形する機械生命体が主人公の<トランスフォーマー・シリーズ>の最新作なわけだから。
でもここであえて正解に挙げたい答えは、どちらも近過去が舞台であること。『キャプテン・マーベル』は1995年、『バンブルビー』は1987年が舞台なのだ。だから「そういえばあの頃あんなものが流行っていた、懐かしい!」的なギャグがやたらと多い。それにしても未来的なSFXを使っている一方で、なぜ未来ではなく近過去を舞台に設定したのだろうか。
理由はおそらくふたつある。ひとつめは未来は予測できないから。2007年にiPhoneが発売されたとき、スマホがここまで普及するなんて誰が予測できただろう? おかげで、それ以前に公開された近未来SFはすべて古臭いものになってしまった。
1999年に公開されて全世界に衝撃を与えた『マトリックス』もその一本だ。同作の主人公たちは仮想現実世界”マトリックス”に電話ボックスを通じて侵入していた。現実世界とはガラケーで会話は出来るものの、マトリックスから抜け出すためには再び電話ボックスに入らなければいけなかったのだ。当時のガラケーではインターネット接続が困難だったことを反映した設定だけど今、若い子が観たら何のこっちゃと思うはずだ。
事実『マトリックス』は、今年のバレンシアガのキャンペーン・ビデオでオマージュの対象となり、「ダサすぎて逆にクール」みたいな扱いをされている。あの映画にリアルタイムで熱狂した者としてはなんだか悲しい(でも笑える)
そんな『マトリックス』に対して、1977年から続く『スター・ウォーズ』シリーズがあまり古びていないのは、「遠い昔、遥か彼方の銀河系」を舞台にした時代劇だから。この設定のおかげで、登場人物の服装やメカのデザインが明らかに70年代の時点から観た未来でも「時代劇だからしょうがないよね」と許せてしまう。
昔話だと評価が甘くなるこうした観客の習性を、映画作りに利用したのが、MCUの一本『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』だった。同作は『スター・ウォーズ』の最初の三部作が公開されていた1970年代後半から80年代前半にかけての<当時の未来っぽいデザイン>をヴィジュアル面に全面活用。しかもその当時のヒット曲をBGMとして劇中に流しまくることで、大人の観客の郷愁を揺さぶって絶賛を博したのだ。『キャプテン・マーベル』と『バンブルビー』は明らかに『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』が切り開いたこの<大人の郷愁SFX映画>の伝統を受け継いでいる。
というわけで、ふたつめの理由は、大人の観客の郷愁にアピールしたいから。MCU初の単独女性ヒーロー『キャプテン・マーベル』は、4月公開の『アベンジャーズ/エンドゲーム』をもってロバート・ダウニー・ジュニアら一期生が卒業した後、チームの司令塔を担う重要キャラである。一期生卒業を機に観客から卒業しようか迷っている大人の映画ファンを引き止めるために、「私は若手ではなく、あなたたちと同じように90年代に青春を生きてきた仲間なんです!」とアピールする必要があるわけだ。
『バンブルビー』が狙っている観客の年齢層はさらに高い。たしかに主演のヘイリー・スタインフェルドはティーンからの支持が高い若手女優のひとりではある。でも映画冒頭、朝の歯磨きBGMとして黄色いスポーツ・ウォークマンでザ・スミス「ビッグマウス・ストライクス・アゲイン」を聴く彼女の姿を観て、胸を熱くするのは寧ろアラフォー、アラフィフ世代のはずだ。
もともとテレビアニメだったオリジナル版『トランスフォーマー』が、アメリカで放映されたのは、1985年から87年にかけてのこと。当時の視聴者も今や十代の子どもがいてもおかしくない歳になった。そう、本作は「1987年が舞台なら観てもいいかな」と考える親と、「ヘイリーの主演作を観たい」と願う子どもの利害の一致を実現させた二世代対応エンタメ作なのだ。ピンとこない人は、『今日から俺は!!』の劇場版を150億円くらいかけて作った映画と思えばいいかも。
こうした大人の郷愁SFX映画の流行は、今後もしばらく続くはず。なぜなら6月公開予定の『X-MEN: ダーク・フェニックス』は1990年代、来夏公開予定の『ワンダーウーマン1984』は文字通り1984年を舞台にしているのだから。
<作品紹介>
『キャプテン・マーベル』
3月15日(金)全国公開
監督:アンナ・ボーデン、ライアン・フレック
出演:ブリー・ラーソン、サミュエル・L・ジャクソン、ベン・メンデルソーン、ジャイモン・フンスー、リー・ペイス
『バンブルビー』
3月22日(金)全国公開
監督:トラビス・ナイト
出演:ヘイリー・スタインフェルド、ジョン・シナ、ホルヘ・レンデボルグ・Jr.、ジェイソン・ドラッカー、パメラ・アドロン
文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門1&2』(アルテスパブリッシング)など。
文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門1&2』(アルテスパブリッシング)など。
ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。人生で最も強く影響を受けた作品は、テレビドラマ『未成年』。
メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。
ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。
ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。
ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。