監督・大森兵蔵(竹野内豊)と妻・安仁子(シャーロット・ケイト・フォックス)。
第九回 「さらばシベリア鉄道」 演出:大根仁
あらすじ
韋駄天こと金栗四三(中村勘九郎)と痛快男子・三島弥彦(生田斗真)と監督・大森兵蔵(竹野内豊)と妻・安仁子(シャーロット・ケイト・フォックス)は、シベリア鉄道に長いこと乗って、17日間、8000キロを経て、ついにストックホルムに到着。ただし、団長の嘉納治五郎(役所広司)だけは手続きが済まず、日本で足止めを食っていた。

ワクワク感あふれるストックホルム青春編


旅の行程はこう。
新橋→敦賀(福井)→(船で)ウラジオストク→(シベリア鉄道で)満州ハルビン(途中下車)→ウラル山→セント・ピータースパーク→(船で)ストックホルム

実際に金栗四三が残した貴重な記録「盲目旅行 国際オリムピック 競技参加之記」が汽車の揺れで字がよく読めないため、だいたい噛み砕いて描かれたものを、志ん生(ビートたけし)の落語として語るという体(てい)での「ストックホルム青春編」のはじまり。

 

息の詰まりそうな狭い列車の中での日々と、ようやく着いたストックホルムの広々したスタジアムとがみごとな対比になっていて、スタジアムをはじめて走ってみた四三と三島の爽快感がぐっと伝わり、ここからなにかがはじまるんだというワクワク感に満ちていました。

この回の演出は、大根仁さん。
8話のレビューでお伝えしたように、大河ドラマ初の外部演出家として登板です。大根さんは、「モテキ」や「バクマン。」でお馴染みの、漫画や音楽など、サブカル系作家のリーダー格(以前は「深夜ドラマ番長」の名で愛されていました)。わざわざシベリア鉄道に乗って、車窓の風景を撮影したり、乗っているときの感覚を演出に生かしたり、と意欲的。窓の水蒸気や、寒そうな風の音など細かったです。
朝ドラ「半分、青い。」では、斎藤工さんが、自分が演じる役が撮った設定の映画を、わざわざ自分で撮ったことが話題になりましたが、こういうふうに、自分がかかわる以上徹底しようとする
気持ちは、ドラマに確実に厚みを加えます。

ハルビンを通ったとき、「西郷どん」でハマケンこと浜野謙太が演じた伊藤博文を登場させて、「西郷どん」では描かれなかった伊藤暗殺を描いた場面はSNSで話題になりました(Twitterトレンド入)。
ハマケンは「モテキ」にオム先生役で出ていたので、大根さん回ならではだと思います。この回、美濃部役森山未來さん(モテキ主演)もやたらかっこよくハイスピードカメラで走るシーンが撮影されていて、大根さん、NHK、大河ドラマ初登場に当たって、しっかり刻印押した感じです。

リーダー不在の珍道中


嘉納治五郎が手続き上の問題で同行できず、リーダーのいない4人の珍道中。
列車のなかで、食べたり、しゃべったり、運動したり、ハルビンでロシア兵にからまれたり、ストレスがたまって喧嘩になったり(たけしの語りに合わせ、勘九郎さんと生田さんが当て振り)、食べたり、食べたり、天狗倶楽部の踊りを踊ったり(ここは現場で足されたそうです)……わりとずっと食べていて、鉄道グルメ旅的な雰囲気も。最後の晩餐、美味しそうでした。
男性の寝台車に、嘉納の代わりに恰幅のいいドイツ人が入って来て、その人が調子よく、食堂車で飲み食いした挙げ句、大森に払わせるエピソードが笑えました。
四三は食堂車で、ドイツ人、ロシア人、アメリカ人、フランス人などを鋭く観察し、いろいろな民族と比べて「日本人は論外」と感じます。でも、これは序の口。オリンピックで、もっともっと、世界と日本人を比べることになるのです。

鉄道での最後の晩餐で、四三と三島が友情を噛み締め合うところも良かったです。これをはじめとして、毎回、じーんっとするちょっといい人情話を盛り込んでいる「いだてん」。
九話では、これまで、こうるさい存在だった安仁子の意外な面が描かれました。
味噌汁は作れないけれど、夫をとても愛している安仁子。
じつは、大森は肺病を患っていて、スポーツを日本に広げようと頑張ってきた活動の花道を作りたくて、ストックホルム行きを志願しました。それを四三と三島は知らず、大森が咳ばかりして寝込んでいるので不安になります。一方、日本で留守番となり不満たらたらだった永井(杉本哲太)と可児(古舘寛治)は、大森と安仁子の思いを知って心を改めます。
ああ見えて、覚悟の旅だったんですね。人に様々な想いあり……。
それにしても、治五郎が、手続きにやたら時間のかかる役所らしい応対によっていっこうにストックホルムに行けないところが情けない。
でも時は待ってくれません。第10回は、いよいよオリンピックに向けての練習がはじまっちゃうようです。

これまでの「いだてん」で描かれた、熊本や浅草のお話と、これから描かれるストックホルムオリンピックのお話、その間の“移動”を描く第9回の演出を担当することは、野球でいうところの中継ぎのようにも思えます。中継ぎのお仕事は、チームの勝敗にとても重要な役割で、実際、移動という地味になりそうなエピソードをじつに楽しく見せて、視聴率も微増。みごとにストックホルム本編に繋ぎました。ここに大根さんを入れた人が目利きです。
ストックホルム編は、西村武五郎さん(「あまちゃん」や「まれ」の演出も。「いだてん」では、3、6話を担当)演出。大根さんのバトンを受け取って、飛び出せ!

【データ】
大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』


NHK 総合 日曜よる8時〜
(再放送 NHK 総合 土曜ひる1時5分〜) 
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁
制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
出演:中村勘九郎、阿部サダヲ、綾瀬はるか、生田斗真、森山未來、役所広司 ほか

第十回 「真夏の夜の夢」 演出:西村武五郎

 

ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。

構成/榎本明日香、片岡千晶(編集部)

 

著者一覧
 

映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門12』(アルテスパブリッシング)など。

ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002

メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。

ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。

ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。

ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。