埼玉県での動員数、全国堂々第1位!
2/22(金)に公開された、映画『翔んで埼玉』が大ヒットスタートを切った。
翌週末の動員ランキングではドラえもんに1位の座を譲ったものの、動員&興収は、ともに1週目を上回るという快挙を達成。特筆すべきは、本作の都道府県別興収シェアが、埼玉県が東京都を抑えて全国で1位になったこと。県内23スクリーンで上映されており、「MOVIXさいたま」の動員数はなんと全国堂々第1位! 予告編などで「埼玉県民にはそこらへんの草でも食わせておけ!」という埼玉ディスがさんざん流れていたにも関わらず、『翔んで埼玉』はなぜ埼玉の人たちに好意的に受け入れられたのだろうか?
『翔んで埼玉』の原作は、『パタリロ!』などで知られる魔夜峰央による未完のコミック。埼玉県民を迫害する東京都の、ある名門校を舞台にした本作を映画化したのは、『テルマエ・ロマエ』の武内英樹監督。最大の勝因は、魔夜が構築した架空の世界で繰り広げられる愛と革命の物語を、埼玉と千葉の関東圏第3位争い(1位は東京、2位は神奈川)というシンプルかつ壮大なスケールのストーリーに拡張し、現在の埼玉県熊谷市に暮らす家族がカーラジオから聴く“都市伝説(=ファンタジー)”という二層構造にしたことだろう。埼玉県民が草を食べさせられようが、「ダサイタマ」と罵られようが、通行手形を持たずに東京に紛れ込んだ埼玉県民がSAT(埼玉急襲部隊)に連行されようが、都市伝説というフィルターがかかることで、SF作品のようなほどよい距離感に。キャラクター造形や美術など、リアリティを徹底的に排除したビジュアルワークもまた、さらにフィルターを強化する。ここまでやられたら逆に、「けしからん!」と怒り出す埼玉県民(や千葉県民、実はもっと野蛮な描写をされている群馬県民)はいないだろう。だっておとぎ話なのだから。
“埼玉ディス”にとどまらない丁寧な笑い
一方の現在パートでは、埼玉出身の夫と千葉出身の妻がひょんなことから激アツな夫婦喧嘩を開始する。その罵り合いのエネルギー源は、都市伝説パートの埼玉県民と千葉県民と同様に“郷土愛”であり、一人娘の埼玉ディスは東京への憧れをこじらせた“自虐”なので、現在パートも誰も傷つけない。しかもこのパートでは、各キャラクターと、演じる俳優の出身地が同じという配慮がなされている。これにより現実パートのリアリティが増し、観客は彼らと同じ立ち位置で、伝説パートを受け止めることができるのだ。なんてまあよくできていること!
都市伝説パートの中に仕込まれた、埼玉に由来する数々の笑いがいちいち成功していることも大きな勝因だ。単なる“地方あるある”を「面白いでしょ」と垂れ流されても、その地方を知らない人には「なんのことやら」で終わってしまう。しかし、『翔んで埼玉』の笑いは、埼玉について知らない人のツボも刺激する。例えば、東京都民のふりをしていたあるキャラクターがSATに捕まった際に、埼玉の県鳥・シラコバトの顔が描かれた煎餅を踏むように命じられる、踏み絵ならぬ“踏み煎餅”のシーン。キャラクターが葛藤する表情とシラコバトの無機質かつのんきな表情を、カットバックしながらズームインする映像の妙は、埼玉の県鳥がシラコバトと知らない観客の心も必ずくすぐるはず。また、名門校で埼玉県民が振り分けられたZ組の教室の壁に貼られている、生徒が書いた書道のなかに「刺身」の文字を見つけたときは、笑いを超えて感動すら覚えてしまった。このたった二つの文字から伝わってくる、海なし県民の魚介への切ない憧れ……!
“埼玉あるある”や“埼玉ディス”にとどまらない丁寧な笑いが次々と畳み掛ける『翔んで埼玉』。本作を上映する埼玉や東京の映画館では、随所で笑い声が起こり、エンドロールの終わりには拍手が自然発生しているという。日本人が映画館で声を出してゲラゲラ笑う、実写の邦画コメディの誕生は快挙と言っていいだろう。このポジティブな反応がSNSで積極的に発信されて拡散される現象には、2018年に大ヒットしたインディペンデント映画『カメラを止めるな!』に通じる、「盛り上がっているうちに映画館で体験を共有したい」と思わせるパワーを感じる。この流れさえできてしまえば、放っておいても観客は映画館に足を運ぶはず。しかも、ご当地の埼玉で『翔んで埼玉』を観ることがちょっとした自慢になる空気が醸成されつつあるので、わざわざ埼玉の映画館に出向き、おかわり鑑賞をする人が出てくれば、息の長いヒットになる可能性も高い。
その昔、ヤクザ映画の『仁義なき戦い』を観た直後、感化された男性客は肩で風を切るような歩き方で映画館から出てきたという。『翔んで埼玉』を観たあとは、埼玉県民ならずとも、劇場から出るときに“埼玉ポーズ”をしたくなる衝動にかられるかも…?
ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。
文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門1&2』(アルテスパブリッシング)など。
ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。人生で最も強く影響を受けた作品は、テレビドラマ『未成年』。
メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。
ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。
ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。
ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。