あらすじ
マラソン競技の途中で行方不明になった金栗四三(中村勘九郎)。途中コースを間違え迷い込んだ民家で熱射病のため倒れ、地元の人に看病を経てホテルに担ぎ込まれていた。灼熱のレースは、68人中34人が棄権。ポルトガル代表のラザロ選手(エドワード・ブレタ)にいたっては命を失った。四三はあのときコースを間違えていなかったら自分もまた……と思う。
切ないお別れのシーン
サブタイトルが、最初は「不思議な少年」だったが「復活」に変更になっていました。“不思議な少年”は、四三が幻のように見た子・四三(久野倫太郎)のことでしょう。それも良かったですが、「復活」という言葉には希望があって良いと思いました。
選手が亡くなったため、4年後のオリンピックはどうなるかと思いきや、続けようということになります。「当たり前だ 平和の祭典だ」と治五郎(役所広司)は言います。いつかは日本にオリンピックを。クーベルタン(ニコラ・ルンブレラス)は極東に行くのは無理というような口ぶりですが、それがやがて実現すると思うと胸アツです。
犠牲者となったラザロのお墓に、選手たちがお参りするシーンが切なくて……。四三も太陽光でフラフラになっていて、それもあって運命の分岐点を間違えたことで「ミッシング・ジャパニーズ」としてストックホルムでは伝説の人物となりました。
12話のレビューで横尾忠則のY字路シリーズを例に、人生の岐路というものについて考えましたが、まさに、13話はそういうお話でした。正規の道をいっていたら死んでいたかもしれない。でも、「それでよかったとか」と惑う四三に、「よかったに決まっている。死んだら君、二度と走れんのだぞ」と三島弥彦(生田斗真)が言います。
年をとればとるほど、あのとき、こっちの道を進んでいなかったらと思うことが増えていきます。
人生とは「上り坂下り坂まさか」と書いたのは坂元裕二さん(「カルテット」より)ですが、人生は数学の樹形図のように、坂だけでなくY字路の選択の数だけ可能性という希望があるはず。そんな人生について、「いだてん」を見ながら考えます。大河ドラマは大きな一本の河を偉人の人生に見立てて描かれているドラマですが、逆に河がいくつもの支流に分かれていく話として見ることができるところが興味深いです。
四三は試合には負けましたが、命拾いをして日本に帰ります。押し花をして心を落ち着かせていた四三は最後まで花を愛で、熊本にも押し花を送り、別れの際、通訳・ダニエル(エドウィン・エンドレ)の襟に花を挿します。治五郎(役所広司)に見出された羽田の大会の雨からストックホルムでの雨の連なりといい、どこまで史実でどこまで創作かわかりませんが、こういう描写の積み重ねが素敵です。
カメラの中には意外な仕掛けが
さて、四三が苦しんでいる頃、日本の浅草では、美濃部孝蔵(森山未來)が初高座に上がります。
ところが、せっかく清さん(峯田和伸)が作ってくれた着物を、質に入れてそのお金で酒を飲み、晴れ舞台は散々。
なぜ、お酒をやめられないのか。しかも大事なときに……といささかイラッとしますが、こういう人、実際にいます。理由は人それぞれでしょうけれど、たとえば、私の知人はものすごく恥ずかしがり屋で人と目が合わすことも難しいため、いつもお酒を飲んで陽気になることで誤魔化しています。たぶん、繊細過ぎて飲まないといられないのでしょう。孝蔵ことのちの志ん生(ビートたけし)はお酒を飲み過ぎたりぞろっぺいな生き方をすることを改める道には進まず、その人間性も含めて“芸”とすることに成功した人です。これもまた、人の生き方の可能性はほんとうにいくつもあると思わせるエピソードですね。
余談ですが、昭和の志ん生が高座に上がっているとき、NHKがテレビ中継している場面でのカメラやNHK 印のマイクなどが当時の様子を物語るようです。マイクは当時使用されていたものを使用しているそうで、カメラの外観は当時使用されていたものを再現し、その中に4Kカメラを入れて、実際の撮影にも使用しているのだとか。意外な工夫がされていたのです!
さて。もうひとり、記しておきたいのは、大森兵蔵(竹野内豊)。病気ですっかり弱ってしまった彼はこの大会の一年後、37年の短い生涯を閉じたと語られます。
病床で暗いことばかり言っていた大森が、「体 悪いんだから せめて心くらいしゃんとしたまえ。残り短い人生 ずっとウジウジして終わるのか」と治五郎に発破をかけられ(治五郎はとにかく明るく前向きな性分なのでしょう)、頬を膨らませて咳を止める表情が可笑しかった。大森は大森で貴重な「陸上運動競技法」という書を遺しました。
たぶん、十三回で退場だと思いますが、竹野内豊さん、物腰やわらかくて、いるだけで空気が和んだので、ちょっと惜しい。
でもまた、これから新たな登場人物たちが出てきます。4月14日(日)放送の第十四話からは大正編。
日本人の期待を背負って負けてしまったものの生き残った四三のこれからの生き方は……。
「選手だけが主役じゃない。こういう繊細な仕事がスポーツの未来を作るんだよ」という治五郎の台詞がありました。「いだてん」はスタッフも俳優も繊細な仕事をしていて、テレビドラマの未来を作っていると思います。
【データ】
大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』
NHK 総合 日曜よる8時〜
(再放送 NHK 総合 土曜ひる1時5分〜)
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁
制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
出演:中村勘九郎、阿部サダヲ、綾瀬はるか、生田斗真、森山未來、役所広司 ほか
第14回 「新世界」 演出:井上剛、大根仁
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。最新刊は渋谷、浅草、豊洲など東京のいろんな街を舞台にした連作小説『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワー・ブックス)。ほかに『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『文化系のためのヒップホップ入門1&2』(大和田俊之氏との共著)など。
ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002
メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。
ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。
ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。
ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。