大ヒットを記録した映画『ボヘミアン・ラプソディ』のデジタル配信およびDVD・ブルーレイ販売がいよいよスタート。

本年度アカデミー賞で最多 4 部門を受賞した映画『ボヘミアン・ラプソディ』の国内興収が、全米を除く世界のなかでナンバーワンの記録を打ち出しています。その反響ぶりは異例づくしとも言われています。世界も驚く「ボヘラプ」胸アツ現象が日本でなぜ起こっているのでしょうか。

 


米を除く世界で最も稼ぎ出した国が日本


『ボヘミアン・ラプソディ』は昨年11月9日に公開された映画です。伝説のバンド「クイーン」のボーカル、フレディ・マーキュリーの生き様がドキュメンタリードラマ形式で描かれています。メンバーのギタリストのブライアン・メイ、ドラマーのロジャー・テイラー、ベーシストのジョン・ディーコンらとの出会いから、名曲が作り出されていく過程も追っていきます。21分にもわたる史上最大級のチャリティーコンサート「ライヴ・エイド」(1985年)の再現シーンなどを話題に、2018年の映画興行ランキングトップに躍り出ました。

興行収入100億円を突破したのは日本公開75日目(11週目)。一般的に興収の勝負どころは公開の初週末から2、3週目あたりまでと言われていますが、異例のケースを辿り、5週目まで前週対比より右肩上がりで伸ばしていきました。また全米の興収2億ドル(約220億円)を除く、世界興収約7億9600万ドル(約880億円)の中で、最も稼ぎ出した国が日本です。ロングラン上映が続き、4月現在、127億円の興収を計上しています。全国劇場で"胸アツ"応援上映バージョンなどの企画型が投入されることによって、リピーター鑑賞を増やしています。

異例づくしと言われている理由はそれだけに限りません。これまでの洋画のヒット作と言えば、いわゆるシリーズものやコミック原作のアクション、ベストセラー原作のファンタジー作品など。それらが洋画のトップランキングを占めていました。『ボヘミアン・ラプソディ』の配給元である20世紀フォックス映画のこれまでの日本歴代興行収入100億円突破作品には『タイタニック』262億円(1997/12/20)、『アバター』156億円(2009/12/23)、『スター・ウォーズ EP1/ファントム・メナス』127億円(1999/07/10)、『インデペンデンス・デイ』106.5億円(1996/12/07)といった大作映画が並んでいます。そのなかで、製作費5200万ドル(約57億円)のロックミュージシャンの姿を描いたドキュメンタリードラマが『スター・ウォーズ』シリーズと並ぶ数字を記録していることも異例と言われる所以です。
 

AmazonでDVDを購入する理由の第1位は?


日本における『ボヘミアン・ラプソディ』のヒットは世界も驚く現象とも言われています。先月、香港で行われた国際的な「香港映画祭」の現地で、世界各国から集まった映画・テレビのジャーナリストとの会話からそれを実感する場面もありました。ロシアから来たある映画専門ジャーナリストから「なぜ日本でそんなにヒットしているのか?」と質問攻めにあったほど。「アカデミー賞の受賞で話題にはなったものの、自国の興行収入はそれほどでもなかった。日本でヒットしている現象そのものに興味を持つ」と話していました。

往年のクイーンファンをはじめ、当初は予測されていなかった親子鑑賞や、クイーン未体験の若年層にも拡がったことがヒットの主な要因ですが、日本でウケた理由は仕掛けにもありそうです。その答えに繋がる試みがあります。デジタル配信およびDVD・ブルーレイ販売がスタートするタイミングに、Amazon がコレクション欲を満たす限定企画を日本で開始することを発表しました。映画『ボヘミアン・ラプソディ』のデジタル購入者を対象に「Amazon限定オリジナルパッケージ」をプレゼントするというもの。つまり、デジタル購入であっても、空のパッケージが手に入ります。キャンペーンの類が実施されることは決して珍しい話ではありませんが、これを実施するに至った理由が興味深い。Amazonが音楽・映像に関する独自調査を実施した結果によると、AmazonでDVDを購入する理由の1位を占めたのは『コレクションとして保有したいから』。データ上でも手軽に残すことができる時代になっても、手元に形として残ることに価値が置かれているということです。

またクイーンがデビューした1970年代の当時、日本から世界に火が付いたというエピソードが、今回の映画公開によってまた語り継がれています。クイーンへの思い入れが深い日本人にそれがノスタルジーを沸かせ、さらにデータだけでは物足りない世代とクイーン世代がマッチングすることで、「空のパッケージ」を提供する仕掛けが作られました。

つまり、『ボヘミアン・ラプソディ』を支持するファンのニーズを捉えているのです。「アーティストや作品を応援したい」という気持ちが、リピート鑑賞やパッケージ購入というメニューを用意することで満たされていく。「応援したい」という気持ちは特別な体験や形を通じて、深く実感できるものです。そもそも、言葉では足りない何かを昇華させるには体験やモノが必要なのかもしれません。そんなシンプルな考えをもとにした仕掛けが作られていることで、ヒットに繋がっている成功事例なのでしょう。

 

メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。

構成/榎本明日香、片岡千晶(編集部)

 

著者一覧
 

映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門12』(アルテスパブリッシング)など。

ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。人生で最も強く影響を受けた作品は、テレビドラマ『未成年』。

メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。

ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。

ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。

ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。