あらすじ
嘉納治五郎(役所広司)がクーベルタン(ニコラ・ルンブレラス)に手紙を書き、アントワープオリンピックでマラソン競技が復活した。今度は渡航費がマラソンチームだけで4人分出ることに。野口(永山絢斗)は主将になり、デカスロンこと十種競技に参加することになった。意気揚々と旅立った日本代表だったが、結果は、テニスで銀メダルを獲った以外は惨敗。帰国後の結果報告会で、水泳代表・内田正練(葵揚)は日本泳法ではクロールには太刀打ちできないと訴える。金栗四三(中村勘九郎)は8年間の無理がたたってマラソン16位だった。失意から報告会を欠席し、ヨーロッパを徘徊。4年前、オリンピックが中止になったベルリンにたどり着く。
頬を赤くして啖呵を切るスヤ
何があっても未来に向かって小さな一歩で前進し続ける人々を描く「いだてん」に毎回毎回、励まされてきた。20回で胸を熱くさせたのは、水泳選手・内田正練(葵揚)の肉体美。肩甲骨から腰にかけてのなめらかなラインに目が釘付け。どこの人? と思ってネットでさくっと調べたら、橋本マナミ、松井珠理奈、奈緒などが所属するアービングに所属していて、「俺のスカート、どこ行った?」にも生徒役でレギュラー出演中。身長184センチ。……というのはさておき。最も熱かったのは、スヤ(綾瀬はるか)VS 二階堂トクヨ(寺島しのぶ)。
オリンピック後の報告会で、テニス以外、いいとこなしだった日本選手団を新聞記者たちが糾弾。とりわけトクヨはマラソン敗退を責める。そこへスヤが「せからしか」と割って入り「負けとらんたい」「42キロ、日本人ではじめて完走した。16位でもうちにとっては金メダル」と頬を赤くして啖呵を切り、マラソン選手たちを労う場面は熱かった。
ここで、スヤが「池部」と名乗り「金栗四三の家内です」と明かし、四三が長らくひた隠しにしてきた結婚相手が公になる。その前にアントワープに向かう船のなかで旅券の苗字が池部であったことで結婚していたことがバレてしまうエピソード(四三の相手を「冷水ぶっかけ女」、「ミルクホールの女」、「女校子のじゃじゃ馬」の誰かと野口が推理している)と呼応して、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! というわくわく感がハンパない。
なにがなんでも夫を信じ守るスヤは問答無用にかっこいい。朝ドラ「まんぷく」の福ちゃんもそうだった。嫁に行くならこうありたい。夫の才能を信じて守り抜きたい、という良きモデルである。夫を守るスヤの愛にトクヨは敗北する。だが、トクヨを非難することは私にはできなかった。彼女は彼女でとても純粋だからだ。なにしろ彼女は、密かに野口にハートを射抜かれていたのだ(実際、野口が槍投げするカットとトクヨがズキュンと射抜かれるカットを交互に見せていた)。野口の写真を大切にもっている乙女心。にもかかわらず、本人の前では反対の態度に出てしまう。
主将の野口相手にマラソン敗退を責めてしまうのだ。
「もう後がない」トクヨの焦り
トクヨは見合いを断っていて、「もう後がない、なんとしでも満足な結婚をしなくちゃ女として生まれてきた甲斐がない」と焦っている。ただ、野口もじつは妻子がいることが旅の間で明かされているところがなんとも切ないのだった。そうは知らずに、四三を責めることで間接的に野口に対するマスコミの厳しい視線を四三へとずらすことにもなる、勝手に内助の功を行っているともいえるのだ。
ちなみに、永山絢斗は10種目の競技の動きを短いカットのなかでみごとに演じていた。彼は、2017年の12月からクランクイン前の2018年3月まで集中して、クランクイン後も撮影と並行して、練習。槍投げが一番難しいので、投擲系の練習から開始し、2018年の秋からハードルなどのジャンプ系の練習に入った。十種競技の撮影は先だったので間が空いた時期もありながら、2019年2月の撮影に向けてまたしっかり練習。撮影はロケ・セットの両方で行い、短いカットながら手間ひまかけているのだった。また、四三のマラソンシーンは、ワープステーションに映像を投影(プロジェクションマッピング)して撮影している。
結局のところ、スヤもトクヨもふたりして、日本を代表して戦いに赴いた男たちを支えている。「嫁」「家内」など女性を家に縛りつける言葉は現代では疑問視されるムキもあるが、「嫁」「家内」というワードを夫を支える職業と考えた場合、理想の夫さえいれば守りきる任務にせいいっぱい従事できたらそれはそれで満足だと思うのだが、いかがであろうか。
といって、世の中「嫁」や「家内」ばかりになっても面白くない。そこは選択の自由がほしい。「いだてん」ではシマ(杉咲花)がもう女子のカテゴリーからはみ出したいと希求していて、「女子体育には間に合いましたが女子スポーツにはまだ早過ぎたんでしょうか」と問う。マラソンでメダルの夢は潰え、投げやりな気分になった四三はベルリンで槍投げをしている女性の体力に圧倒される。次週からは本格的に女性のスポーツへの挑戦が描かれていきそうだ。嘉納治五郎も体協を辞め、四三の髪型も変わり、時代が変わっていく。
「いだてん」は徐々に変わっていく時代を、日本人の姿を、丁寧に見つめている。家庭に収まっているスヤ、世に出ていきたいシマの間に、子を生み育てる女のための体育を発展させようと考えるトクヨがいる。境界上で揺れているトクヨを寺島しのぶがユーモラスな役どころにしているところに宮藤官九郎の劇作家らしさが出ているように思う。脚本の巧さだ。
【データ】
大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』
NHK 総合 日曜よる8時〜
(再放送 NHK 総合 土曜ひる1時5分〜)
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁
制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
出演:中村勘九郎、阿部サダヲ、綾瀬はるか、生田斗真、森山未來、役所広司 ほか
第21回「櫻の園」 演出: 西村武五郎、大根仁
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『連続テレビ小説 なつぞら上』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。最新刊は渋谷、浅草、豊洲など東京のいろんな街を舞台にした連作小説『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワー・ブックス)。ほかに『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『文化系のためのヒップホップ入門1&2』(大和田俊之氏との共著)など。
ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002
メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。
ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。
ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。
ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『連続テレビ小説 なつぞら上』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。