樹木希林が生前唯一企画した映画に「62歳女詐欺師の人生」を選んだ理由_img0
樹木希林が企画を手がけ、浅田美代子が45年ぶりの主演を果たした、実話をベースにした犯罪劇。『エリカ38』より、主人公の渡部聡子/エリカを演じる浅田美代子と、聡子の母・薫を演じる樹木希林。



自分の年齢を20歳以上サバを読んでいた「つなぎ融資の女王」


聖子ちゃんヘアーにカチューシャ、白いオフショルダーのトップスにショートパンツ、そして生足。2017年4月、国際指名手配されていた“つなぎ融資の女王”の異名を持つ山辺節子が出資法違反の容疑によりタイで逮捕された報道を見て、彼女のこの装いに目が釘付けになってしまった。
なぜなら彼女は逮捕当時、62歳だったから。マスコミは犯罪云々よりも、彼女の女性性に焦点を絞って報道し、30歳以上年下のタイ人の愛人を囲っていたこと、自分の年齢を20以上もサバを読んでいたこと、10代の頃から恋愛に奔放だったことなどが明らかになっていった。

別に、何歳だろうが自分の着たい服を着ればいいし、したい髪型をすればいい。世間が規定する“年相応”を蹴り飛ばし、97歳になっても独創的なコーディネートを楽しんでいるアイリス・アプフェルのようになれたら最高だ。
ただし、山辺の場合は20以上も若くサバを読んだ時点で、自己を否定したから切ないのである。
しかも、38歳に見せるための装いが2010年代の38歳ではなく、彼女がアラサーだった頃(1980年代)に流行った装いだから、タイムトラベラーのような違和感を醸し出してしまったのだろう。

 


浅田美代子45年ぶりの映画主演


公式に明言されてはいないが、6月8日に劇場公開される『エリカ38』は、明らかに山辺節子の半生をモチーフにした映画である。描かれるのは、主人公“渡部聡子”の、金と男への欲望に忠実な、スキャンダラスな生き様だ。
タイトルの「エリカ」とは、聡子がタイで出会い、後に愛人となる青年ポルシェに名乗った偽名であり、「38」は自称した年齢だ。
聡子を演じるのは、これが45年ぶりの映画主演となる浅田美代子。一緒にワイドショーを見ながら「美代ちゃんはこういう役をやったらいいのよ」と言った樹木希林が企画立案し、自ら動いて映画化を実現した。
山辺とほぼ同い年の浅田は、小柄で華奢で、可愛らしい顔と声の持ち主なので、小悪魔的な詐欺師役に見事にハマっている。しかし、“着せられている感”を避けるために浅田が自前の衣裳にしたことで、山辺のタイムトラベラー感が薄まってしまったのはやや残念…。とはいえ見方を変えれば“男たちを手玉に取る小悪魔系美熟女詐欺師”として説得力が増したといえる。

樹木希林が生前唯一企画した映画に「62歳女詐欺師の人生」を選んだ理由_img1
平澤(平岳大)の金集めを手伝ううちに愛人となる。


映画の題材として抗いがたい魅力


老人をたらしこんで金を巻き上げるシーン、その金で豪遊するテンションの高いシーン、投資家たちとの殺伐とした攻防戦、ドリーミーなトーンで描かれるポルシェとの愛欲の日々など、ワイドショーの向こう側に広がる光景が次々と映し出されるなかで、聡子が投資詐欺の世界に足を踏み入れるきっかけとなったシーンにゾッとした。
もともと水商売をしながらネットワークビジネスを手がけていた聡子は、伊藤と名乗る謎の女会長(木内みどり)に声をかけられ、その場で商品を現金20万円で購入してもらい、名刺を渡される。そして、途上国支援事業を行う平澤(平岳大)を紹介されて、平澤の金集めを手伝ううちに愛人となり、投資詐欺の世界にどっぷりとハマっていく。
聡子に平澤を紹介する役目を果たしてからは映画には一切登場しないが、聡子が破滅するきっかけを作ったのは、間違いなく伊藤会長だ。ただ単にお金を稼ぎたいだけではなく、聡子が女としての承認欲求を欲していることを一瞬で見抜き、平澤とマッチングさせた彼女は、自分では悪事を働かずに、人を駒のように動かして、安全圏内で大金を吸い上げる極悪フィクサー。聡子に一切悪印象を残さないまま姿を消した本物の悪を、木内みどりがどう演じているのかをぜひ目撃してほしい。
リアリティのために自分の着物を着て、「本物だと気持ちが違うから」と、画面に映る20万円のために自前で100万円を用意したという裏話からも、彼女の凄みが伝わってくる。

実際に被害に遭われた方には申し訳ないが、欲望に忠実で強かな女犯罪者の人生は、映画の題材として抗いがたい魅力を放っている。『エリカ38』以前には、『紙の月』『顔』『愛のコリーダ』などが作られてきた。
今後の最有力候補はおそらく、最近3回目の獄中結婚をして話題を呼んだ木嶋佳苗だろう。そういえば彼女も法廷でのファッションに注目が集まっていたっけ。

<作品紹介>
『エリカ38』

2019年6月7日TOHOシネマズシャンテ他全国公開
監督・脚本:日比遊一
出演:浅田美代子、平岳大、窪塚俊介、山崎一、山崎静代 他

 

ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

構成/榎本明日香、片岡千晶(編集部)

 

著者一覧
 
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映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

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文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門12』(アルテスパブリッシング)など。

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ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。人生で最も強く影響を受けた作品は、テレビドラマ『未成年』。

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メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。

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ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

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ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。

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ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。

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ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『連続テレビ小説 なつぞら上』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。