ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』6月7日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他にてロードショー ©️ 2018 Hearts Beat Loud LLC

きのう何食べた?』や『腐女子、うっかりゲイに告る。』『俺のスカート、どこ行った?』『ミストレス~女たちの秘密~』と、今期のテレビドラマには”LGBTQ”の存在が目につく。ドラマの企画が数年前にスタートすることを考えると、いずれも『おっさんずラブ』のヒットに乗っかったわけではなく、時代の流れを捉えたものなのだろう。日本もようやく世界の流れに追いついてきたわけだ。
こうした流行のその先にどんな現象が起きるのだろうか? 先頭を走るアメリカのエンターテイメント界の動向をおさらいしながら推理してみたい。


1.シリアス・ドラマ化
 

アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺』(デジタル配信中)

前述のドラマは、基本的なトーンはコメディでありながら、むしろ時折描かれるシリアスな面が支持されていると聞く。それが真実なら、次は俳優たちが全身全霊で苦難を背負ったLGBTQを演じるシリアス・ドラマが製作され、評判を呼ぶはずだ。
アメリカでも一時期こうした作品が大流行。ストレートの俳優がLGBTQの役を熱演して、次々と賞を獲得したものだ。ざっと挙げるだけでも『フィラデルフィア』でHIVポジティブのゲイ青年を演じたトム・ハンクス、『ボーイズ・ドント・クライ』でトランスジェンダーの事件被害者に扮したヒラリー・スワンク、『モンスター』で女性と恋に落ちる連続殺人犯を演じたシャーリーズ・セロン、『ミルク』でゲイの活動家を演じたショーン・ペン、『ダラス・バイヤーズクラブ』でHIVポジティブのトランスジェンダーになりきったジャレッド・レトといった俳優たちが相次いでオスカーを獲得している。
 その最新版が、TVドラマ『アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺』で、ファッション・デザイナーのジャンニ・ヴェルサーチを射殺したゲイ青年アンドリュー・クナナンを演じて、昨年のプライムタイム・エミー賞でリミテッドシリーズ/テレビ映画部門の主演男優賞を受賞したダーレン・クリスである。
同じフィリピン系だけあって、クリスのルックスはクナナン本人そっくり。出世作が『glee/グリー』の人気キャラだったゲイの高校生ブレインだっただけあって演技も自然だ。しかしクリスは、本作を最後にゲイの役はもう演じないと宣言した。LGBTQの役はLGBTQが演じるべきと考えたからだ。

 


2.LGBTQ俳優の活躍
 

POSE』(FOXチャンネルで放映中)

アメリカ芸能界もかつては余程のことでない限りカミングアウトしないものだったが、今や公にしている俳優は数えきれない。カミングアウトしても、仕事が減ったりしなくなっている状況もそれを手伝っている。

こうした状況を後押しするのに多大な貢献をしたのが、前述の『glee/グリー』のクリエイター、ライアン・マーフィだった。ゲイである彼は、ミューズであるサラ・ポールソンをはじめ、『アナと雪の女王』のクリストフの声でおなじみジョナサン・グロフや、『スター・トレック』のスポック役で知られるザッカリー・クイントや『ホワイトカラー』のマット・ボマーといったLGBTQ俳優を自身のドラマで積極的に起用。
有名戯曲のドラマ化作『真夜中のパーティ』(今秋Netflixで公開)では、クイント、ボマーに加え、『ビッグバン★セオリー/ギークなボクらの恋愛法則』のジム・パーソンズ、『GIRLS/ガールズ』のアンドリュー・ラネルズらキャスト9人全員をゲイの俳優たちで固めている。
加えてマーフィは、ヴォーギングの黎明期を描いたアンサンブル・ドラマ『Pose』で、メインキャストにトランスジェンダー俳優を全面的に起用。熟れたマダム系からキュート系まで多彩な美しきトランスジェンダーが登場しており、これだけ層が厚かったら、ストレートの俳優がトランスジェンダー役を演じるなんて、もはや滑稽にしか見えないだろうなと思わせる。

LGBTQ俳優のビッグウェーブはアメコミドラマにも到来している。レズビアンであることを公言しているルビー・ローズは、今秋から放映開始されるDCコミック原作のドラマ『バットウーマン』でタイトルロールに抜擢されたのだが、バットウーマン自身もレズビアンとして描かれるらしい。
DCコミックのライバル、マーベルも、大ヒット上映中の『アベンジャーズ/エンドゲーム』にすでにLGBTQのヒーローが登場していると発表して、話題を呼んでいる。ファンの間ではソーの腹心ヴァルキリーがバイセクシャルだと言われている。


3.スタンダード化

ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』 ©️ 2018 Hearts Beat Loud LLC

ヴァルキリー説が強いのは、彼女を演じるテッサ・トンプソンがバイ・セクシャルであると公言しているからだろう。トンプソンはとても今っぽい女優だと思う。アフリカ系、ヨーロッパ系、メキシコ系のミックスであるルックスはワールド・スタンダードな美を感じさせるし、ソー役のクリス・ヘムズワースと再び組んだ『メン・イン・ブラック:インターナショナル』では、男女関係を感じさせない仕事上の相棒を演じたかと思えば、『クリード』シリーズでは典型的なヒロイン(主人公マイケル・B・ジョーダンの妻役)も演じていて、いずれも無理がないのだ。

トンプソンだけではない。今のハリウッドには人種やジェンダーを横断した女優が次々登場している。その代表例がカーシー・クレモンズとサッシャ・レインなのだが(ふたりはそれぞれ自身をレズビアン、バイセクシャルだと公言している)、奇しくも6月日本公開の『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』で、ふたりは恋人役を演じている。そこでのツーショットはあまりに眩しく、しかも自然。何より二人の恋愛は劇中で何の偏見にも晒されず、ただひたすら祝福されるのだ。最終的にはこうした描かれ方が日本でもスタンダードなものになっていくのだろう……ていうか、そうあってほしい。

<作品紹介>
『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』

 

6月7日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他にてロードショー
監督:ブレット・ヘイリー
出演:ニック・オファーマン、カーシー・クレモンズ、テッド・ダンソン、サッシャ・レイン、ブライス・ダナー


文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。最新刊は渋谷、浅草、豊洲など東京のいろんな街を舞台にした連作小説『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワー・ブックス)。ほかに『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『文化系のためのヒップホップ入門12』(大和田俊之氏との共著)など。

構成/榎本明日香、片岡千晶(編集部)

 

著者一覧
 

映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。最新刊は渋谷、浅草、豊洲など東京のいろんな街を舞台にした連作小説『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワー・ブックス)。ほかに『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『文化系のためのヒップホップ入門12』(大和田俊之氏との共著)など。

ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。人生で最も強く影響を受けた作品は、テレビドラマ『未成年』。

メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。

ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。

ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。

ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『連続テレビ小説 なつぞら上』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。