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マッターホーンのバウムクーヘン【今日の買い物1】

買い物は店へのエールだから。何だか惹かれると思うものは、買って連れて帰りましょう!そうしてはじめて分かること、たくさんありますよね。ものを選ぶプロともいえる岡本夫妻の新刊、「今日の買い物 新装版」から、5回にわたってエピソードをお届けします! みなさんの買い物とそれにまつわるお話も、ぜひコメントでお寄せください!
 

「美味しいからとまらなくなった」と照れ笑い

バウムクーヘン(1袋)/マッターホーン
東京都目黒区鷹番3-5-1 

家に帰ると、後で食べようと思いとっておいたバウムクーヘンをカミさんが平らげてしまっていた。文句を言っても、「美味しいからとまらなくなった」と照れ笑いするばかりである。そのお菓子はナオちゃんからいただいたものだ。仕事場で打ち合わせをしているときに、「今日は何時までいますか?」とナオちゃんからメールが来た。「7時には出る」と返信すると、「その時間までには行けません。渡したいものがあったのですが別の日にします」と返事があった。それから1時間くらいしてまたメールがあり、「間に合うかもと思って家を出たけど、お菓子を置きっぱなしにしてきました」と、独り相撲をとっている。バウムクーヘンはその翌日に無事に届けられた。

実は「近所に美味しいケーキ屋さんがあるので、今度、持っていくから食べてみてください」と言われたときから、たぶんあそこだろうと思い当たるところがあって、お菓子を受け取ってみるとやはりその店のものだった。とはいえ、バウムクーヘンを食べるのははじめてである。なにしろ、そこにはこれまで一度しか行ったことがない。原田治さんが教えてくれた。正確に言うと、鈴木信太郎という画家(※1)がいて、その人の絵は素晴らしいのにあまり評価されることがない。その信太郎の作品がいちばん簡単に見られる場所として挙げてくれたのがその店だ。自分の家からもそれほど遠くはないので以前から存在は知っていたが、中に入ったことはなかった。店内は「余裕」というものが十分に伝わってくる広さと清潔さがあって、壁に信太郎の絵が飾られている。はじめて見るはずの信太郎の絵は、名前を知らずに古本の表紙絵や挿絵としてよく見ていたものだった。テーブルの上にある花瓶や果物を描いた絵を最近はまったく見ないが、そういう「静物画」が好まれた時代の、品が良くて洒落た西洋画。ナオちゃんにもらったバウムクーヘンの箱には小さな栞が入っていて、そこにも信太郎の絵が使われている。「当店はこの一軒 心をこめてていねいに」という一文が印象的だ。

※1 日本の近代西洋画について書かれた本を何冊か見てみても、鈴木信太郎(1895~1989)の名前は載っていませんでした。
 

 

『今日の買い物[新装版]』
岡本 仁 岡本 敬子 著


買い物は店へのエールである。今はもう失われてしまった店の記憶や、変わらぬ老舗の味。スタイルのある洋服やアクセサリー、そして古びないプロダクトデザイン。今日もまた、いろいろなものを縦横無尽に買い物する2人の、もの選びのセンスとは? ものを選ぶことが仕事でもある編集者岡本仁+ファッションディレクター岡本敬子の大人気買い物エッセイ、新装版が登場! (解説・平野紗季子)
※9月26日発売予定(予約受付中)

 

岡本 仁

北海道夕張市生まれ。テレビ局を経てマガジンハウスに入社、雑誌『ブルータス』『リラックス』『クウネル』などの編集に携わる。2009年よりランドスケーププロダクツにてプランニングや編集を担当。近年はキュレーションなども手掛ける。著書に『東京ひとり歩き ぼくの東京案内地図。』『また旅。』『果てしのない本の話』ほか多数。
Instagram:@manincafe

 

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次回更新は9月13日です。お楽しみに!