太宰治の未完の原作をベースに、演出家ケラリーノ・サンドロヴィッチが書き上げた戯曲を舞台化したロマンティック・コメディ『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』。戦後の日本を舞台に、優柔不断で憎めない編集者・田島周二が、数多の愛人たちとの関係を解消するために、「偽装妻」である美女・キヌ子とともに彼女たちを訪ね歩くという物語です。
美女ではあるけれど大食いで怪力……というこのキャラクターを、舞台版で生き生きと魅力的に演じたのは、俳優の小池栄子さん。映画化に際して「同じ役を演じるのは……」というためらいもあったようですが、それを覆したものは、いったいなんだったのでしょうか?
*こちらは「2020年人気インタビュー20選」です。元記事は2020年2月14日に配信しました。
「小池をヒロインに、絶対に映画化したい」と電話がかかって来た
お互いに「まさかコイツなんかと……」と思っていた、優柔不断のモテ男・田島周二と、気のいい豪快な美女・永井キヌ子。夫婦を偽装して愛人たちを訪ね歩くうちに、二人は距離を縮めていきます。さて、二人は一体どこで恋に落ちたのか?ーー舞台でも映画でも、スタッフとそんな話をしたと小池さんは語ります。
「田島がキヌ子にもちかけた計画について、ふたりが初めてごはん屋さんで交渉する場面があるんです。仲村トオルさんが演じる舞台版の田島とは、お互いに目を見て直球でぶつかり合う感じで、キヌ子は『この交渉には私が絶対に勝つ』と思っているんですよね。でも映画版の大泉さん演じる田島は、目線を外したり、はぐらかされるような感じがあり、ちゃんと伝わってるのかなとキヌ子がヤキモキしてくる。最初から、なんか勝てる気がしないんです。映画ではその後に“恋に落ちた場面”をある程度わかりやすく作っているのですが、最初からそういう感じーー恋愛経験がないキヌ子にとっての、初めての感情みたいなものは、大泉さん演じる田島にあったんだと思います。芝居って共演者によってぜんぜん変わるんだな、面白いなと、改めて思いました」
俳優の喜びのひとつは「小池にこういう役をやらせたい」と求められること、そうした関係それ自体が嬉しいと小池さん。自分の気持の中ですでに終わった役を、再び演じることには抵抗がありましたが、それでも引き受けたのは、映画『八日目の蟬』でご一緒した成島 出監督の存在が大きかったと言います。
「舞台版の『グッドバイ』を見た後に、ものすごく興奮した感じで電話を頂いて、その時に『小池をヒロインに、絶対に映画化したい』とおっしゃって下さって。『八日目の蟬』の後にも『いつか君をヒロインに映画を撮ろうと思う』というお手紙を頂いたんですが、本気で言ってくださっていたんだなと。決まった時はドキドキしましたし、すごく嬉しかったですね」
『八日目の蟬』での悔しい思い出。
“ヒロインを張れる人”の違いを知る
『八日目の蟬』の現場で、小池さんの心に強く残っていることがあります。それは、主演の井上真央さんと友人役の小池さんが、片田舎の写真館から出て港に走るという場面を撮影した、撮影最終日のこと。
「当時はまだフィルム撮影だったし、日落ち寸前で何テイクも撮れる状況ではなくて。結局3テイクやったと思います。1テイク目は『良かったけど、もう1回やろう』と。2テイク目は『真央ちゃんがすっごい良かったけど、栄子ちゃんはさっきのほうが良かった』。最後の3テイク目では何も言葉がもらえず、なんで1テイク目にやれたことを、もう一回できなかったんだろう……って落ち込んで。そうしたら監督がおっしゃったんです、『そういうとこキメられるのがヒロインなんだよ』って。そうだよな、って思ったんですよね。真央ちゃんがどうこうということではなくて、つまり“持ってる人”ってそういうことだし、映画としては主演俳優がよかったテイクを使うのが当たり前だしーーとにかく監督のその言葉がずーっと心に残っていて。だからこそ、いつか成島作品でヒロインを演じたいと思っていたんですーーと、今回、監督にもこの話をしました」
実はこの映画でも、似たような局面がありました。非常に大事な場面で、手がかかるために何度もは繰り返せず、撮影は日落ちのタイミング。
「その撮影の1テイク目で、なぜか頭が真っ白になって、セリフが出てこなかったんです(涙)。『八日目の蟬』のあの撮影が、まるで走馬灯のように頭の中にバーっと蘇ってきて。“絶対にキメないとダメだ”って思いすぎて、ちょっと怖い、って思っちゃってたんですよね」
もちろんその後の撮影ではリベンジを果たし、場面は映画の見事なクライマックスになっています。こんなエピソードにも、小池さんの人柄と、俳優業に対する思いがにじみます。
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