自身もその業界に片足を突っ込んでいる身として、真剣に考えなきゃいけないなと思う映画配給会社アップリンクのパワハラ問題。私自身は映画関係の会社(制作、配給・製作、宣伝、媒体社など)に所属したことは一度もないのですが、それでも、様々なところから漏れ聞こえる話から「こういう事態がいつ起こってもおかしくない」と思ってはいました。というのも映画業界は、いろんなことがおっそろしく古いから。

 

パワハラは絶対にダメ、それを大前提に、映画配給・宣伝会社(特にインディーズ、いわゆる独立映画の業界)を少しだけ弁護すると、それは必ずしも業界だけの罪ではない気がします。切っても来れない関係の芸能界、持ちつ持たれつのマスコミ、さらには職人気質が今だ残る制作現場……と映画業界は、日本を代表する前時代的マッチョヒエラルキーの三角絞めみたいな世界で、他の業界の、「常識」を踏襲せざるを得ないところがあります。

 

さらに大手が利益を独占しやすい業界全体のシステムの問題もあり、独立系にはお金も回らない。業界に属する会社のほとんどが零細企業で、属する個人はその会社の社員(もしくは契約やアルバイト)かフリーランス--つまり、ピンチのときには最初に切り捨てられる最弱者ですから、ブラックにならないほうが嘘みたいな業界であることは否めません。

この業界で私が改めて驚くのは、もう20年くらい「業界の顔ぶれ」がほとんど変わっていないこと。「特定の会社の顔ぶれ」ではなく「業界の顔ぶれ」。転職はめちゃめちゃ多いんだけれど、宣伝会社から宣伝会社、配給会社から配給会社は当たり前、宣伝から配給へ、宣伝会社からフリーの宣伝マンやフリーのライターへ……と業界内でぐるぐる回っているだけで、人は20年前とほとんど同じ。つまり離職率が高いわりに、新規参入者が少ない。結果としてめちゃめちゃ強くなるのは「生存者バイアス」と「自己責任論」です。

これは映画業界に限らず、パワハラ、セクハラが蔓延しがちな組織によくあるものです。どういうことかと言えば、例えば。
ある会社のセクハラ部長の下に女子社員が10人いて、10年後に3人が残ったとしましょう。彼女たちに話を聞けば「我慢できないほどひどくはないと思う」。もしセクハラで辞めた7人に聞けば「最悪のセクハラだった。耐えられなかった」となるのでしょうが、この調査が職場で行われれば「セクハラの現状」を語るのは生き残った3人しかいません。残った3人は7人より標的にされていなかっただけかもしれないし、そうでなくてもセクハラの不快感や耐性には個人差だってある。つまりこれは「生存者ゆえの証言」で、ある意味では「(生き残れるだけの)強者の理論」です。

こんなふうに言われたら、3人はカチンとくるでしょう。「私だって不愉快だったけど、嫌なことも我慢してやりすごしてきた。標的にされないよう細心の注意を払った。7人だって自分でどうにかすることができたはず」なんて言いそうです。これが「自己責任論」で、つまるところ問題のすり替えです。そもそも悪いのは「セクハラがある現状」であり「セクハラするヤツ」なのに、無意識にその責任を、被害の当事者に転嫁してしまっているんですね。セカンドレイプの理屈と同じ。

とはいえ変えるのは無理……という大合唱も聞こえてきそうなので、じゃあまあ変わらないとして。そういう組織、業界の今後はどうなっちゃうのかを考えてみましょう。

まず第一点。そうした「なにそれ、昭和?」みたいな世界に、平成~令和世代が「辛いけど映画好きだし、働きたい!」と思うか。昭和世代の私が「女は料理と裁縫ができて当たり前」とか「女は板の間で食え」とか、明治・大正時代の常識持ち出されても「知ったこっちゃねえわ」と思うのと同じで、そんなのに付き合ってくれるハズがありません。

「昔気質の人だから仕方ないよね~」と万が一にも許してくれるのは昭和世代まで、よし、そしたら10~20年後もこのまま体制でやってこ!メンバー全員50~60代だけど大丈夫、だって映画ファンって、60~70代しかいないから!みたいな状況とか、やめてやめてやめてマジでリアルに怖いんですけど!業界終わるし!

さらに「SDGs」「エシカル」という言葉が当たり前になってきた世の中では、どんなに社会的ないい商品を提供しても(アップリンクの例を見ると、むしろいい商品を提供しているからこそ)、組織内部がエシカルどころか真っ黒であれば、消費者には「お前が言うか」な偽善としか映りません。これは映画業界とか、アップリンクとか、そういう個別案件に限らず、どんなところにもあることかなと思います。

誤解のないよう付け加えるなら、今の映画業界で働く人たち、過酷な状況で長年生き延びている「生存者たち」は、本当にめちゃめちゃ優秀な人達ばかり。頭の回転は早い、気が利く、語学が達者、感性が豊か、流行に敏感、トークが面白い、ハードスケジュールに耐えうる体力と、ちょっとやそっとじゃメゲない精神力を兼ね備えた、どこの世界でも通用する優秀な人ばっかり(女性が多いのは、もしかしたら家庭を持ち、妻子を養うという感覚の男性だと、収入的に厳しいのかもしれません)。そんな優秀な人が過酷な仕事環境で働き続けるのは、やっぱり面白くて刺激的な業界だから。映画業界、面白いんですよ本当に。

以前、ある成長企業の社長に取材した時、その人が「これからの時代を生きるのは若い世代なんだから、常に若い人が正しい」。全部が全部とは思いませんが、10年後20年後は、今の若い世代の考え方がスタンダードになるのは確実です。どんな組織にも業界にも、もちろん国にも、アップデートできなければ未来はありません。アップリンクの騒動が「特定の会社の事情」と片付けるのは間違いですが、とはいえ個人的には、まずは映画業界。こういうこと書くとまた「渥美さんは一匹狼」って言われちゃうんだろうけど、今回は一匹狼なりにできる遠吠えを。どこかに届くといいなあ。
 

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