「うらやましい…」独身に憧れる母親の心情


「遅れて本当にごめんね。で、二人で何話してたの?」

早希と絵梨香、そして朋子が店に到着したときには、美穂はすでにほろ酔い状態だった。

最近お酒を飲む機会はめっきり減ったが、もともと飲めない方ではない。それに突然透と二人きりになってしまった緊張感から逃れるには、アルコールで意識を遠ざけてしまう以外に方法が分からなかった。

「ていうか美穂、ちょっと飲み過ぎてない?美穂って意外に飲めるけど、知らない間にすごく酔ってるんだから」

心なしか語気の強い絵梨香に少しばかり怯んでいると、透が代わりに答えてくれた。

「美穂ちゃんには俺の人生相談聞いてもらってたんだよ。ほら俺、離婚して孤独な人生歩んでるじゃん?幸せな家庭の秘訣を教えてもらおうと思って」

「え?透さん、バツイチになってたんですか!?」

早希が驚いた声を出す。透が離婚していたことは、もちろん美穂も知らなかった。サークルで2つ上の先輩である彼とは、お互いほとんど更新されないFacebookが繋がっているだけだ。

「そうそう。離婚して2年くらいは自由に楽しくやってたんだけど、やっぱ一人は寂しいなぁ」

早希たちを待つ間、透は離婚の顚末を聞かせてくれた。と言ってもそれは自虐や笑いを織り交ぜたストーリーで、つい声を上げて笑ってしまったりもした。

そういえば、昔から人を笑わせるのが得意な気遣い上手な人だった。

透はもともと電機メーカーに勤めていたが、数年前の業績不振で外資系IT企業に転職し、今は恵比寿の自宅で一人暮らし、マイペースに在宅勤務をしているとも言った。

私の幸せは「何もしない」こと。夫に養われる妻が払う人生の代償スライダー2_1
私の幸せは「何もしない」こと。夫に養われる妻が払う人生の代償スライダー2_2
私の幸せは「何もしない」こと。夫に養われる妻が払う人生の代償スライダー2_3
私の幸せは「何もしない」こと。夫に養われる妻が払う人生の代償スライダー2_4
私の幸せは「何もしない」こと。夫に養われる妻が払う人生の代償スライダー2_5


「本当に、なーんもやることなくてさ。休日は暇すぎて一人旅とかしてるよ。あ、料理も上手くなっちゃったりしてさ」

一人旅、という言葉に耳が反応する。

それは今の美穂にとって、まるで夢に等しい。湊人や貴之のいない場所で自由気ままに一人の時間を使うなんて。想像しただけで心が泡立った。

「うらやましい……」

つい、心の声が口に出る。すると早希がぐっと顔を覗き込んだ。

「うん、美穂はもう少し外に出た方が絶対にいい。ねぇ、ママ雑誌にいる同期がスナップに出てくれる人探してるんだけどやってみない?それなら美穂も慣れてるよね?時間もそんなにかからないし、謝礼も出るから」

「モデル?いいじゃん!美穂ちゃんて世間の憧れを体現してる感じだもんね!」

早希が独特の仕切り口調で言い、透が楽しそうに持ち上げる。

「ま、待って、スナップ?今さらできるわけないよ」

たしかに以前、女性誌や結婚前に勤めていた航空会社の機内誌の撮影に協力したことはある。でもそれは遥か昔、20代の頃の話だ。あまりの驚きに声が少し裏返ってしまった。

「ほら!またそうやってすぐ引きこもろうとする。改めて連絡するからよろしくね。ていうか美穂、やっぱり酔ってる。はい、お水飲んで!」

そう言って水を差し出した早希に「大丈夫」と答えながらも、美穂の頭はぼんやりと心地良くのぼせていた。