*ほぼ金曜日に ショートストーリーをお贈りさせていただきます。
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久しぶりにこの場所に来た。いつ振りだろうか。

倉石りつ子にとっては思い出の場所であったが、もうここに、昔の光景はなかった。あの電話ボックスがなくなってしまったことは、時代の流れを感じ、自分もあのときから変わったことが胸にじんわりきた。―――


***

「すみません! これ、お忘れ物じゃないですか?」
「ああ……忘れ物というか、何と言うというか……」
「はい?」

***


りつ子は昔、ある夏、ガラス細工を習いに静岡にある工房で数人の生徒さんたちと合宿をしたことがあった。

りつ子のほかには、ボーイッシュな女子大生、社会人になったばかりのOL、50代の夫婦といったメンバーだった。もう彼らの名前も覚えていない。りつ子は当時30歳の独身だった。


その晩、生徒さんたちと飲みながら、たわいもない話をしていた。工房の二代目である矢口猛(たけし)もいっしょに隅のほうで呑んでいた。猛は二十代半ばだった。テレビもなくネットもつながりにくい、山の中の工房。鈴虫の声が大きく聞こえたのが印象深い。

「昔の彼女とか彼氏にもらったものってどうしてる?」

なぜだかいきなり、そんな話になった。
猛はりつ子を見やった。けれどりつ子は視線を合わそうとはしなかった。生徒さんたちは、それぞれ処分の仕方を話しはじめた。

「捨てる」
「金目のものとブランド品は質屋に持っていっちゃう」
「バザーとか青空市とかに出しちゃうとか?」
「思い出と物とは別だから、今も使っちゃってます」
「そんなに人からモノもらったことないですよ……」


りつ子はどの返答にも、わかるわかる、とばかりに微笑みつつ頷いていた。

「りつ子さんは?」
夫婦の奥さんのほうがたずねてきた。
「なんか若い人ってリアルにどうしてるんだろうなあって」

奥さんは興味本位でニヤついている。子供はいないものの、夫婦二人の時間を楽しんでいると話していた。

「海に投げ捨てる! とか結構ドラマチックだったりして? 湘南のほうに住んでるんでしょ?」

そうしたこともある。けれど、りつ子の返答は意外なものだった。