その間、世間から忘れられないように細々とでも仕事を続ける、ということは考えなかったのでしょうか?

「一応、CMのお仕事だけは続けさせてもらっていて。ただそれも、1年に1回、静岡から東京へ撮影に行く、というものでした。
いかんせん静岡に住んでいたので、高い新幹線代を払ってわざわざ東京まで行くのは何のため?と考えたときに、そこまでして仕事をしたいという結論には至らなかったんです。
だから静岡にいた期間は、一切と言っていいほど仕事をしていなくて。書類の職業欄にも『主婦』と書いていましたし、学校への提出書類では空欄にしていましたね。

 

ペン習字の体験教室に行ったとき、先生がお手本に私の名前を書いてくれたんですけど、『松井ローサ』を『松井ローラ』と書き間違えられたんです。それくらい世間からは忘れられているんだなとは思ったんですけど、その生活が私には合っていて幸せだったので、焦りは全くありませんでした」

実は加藤さん、東京に戻ってから一度、ネット配信のドラマで主演を務めるという、大きな仕事をしたことがありました。
ところが、わずか1ヵ月で撮り切るというハードな撮影スケジュールに、膨大なセリフ量。そこに子供の夏休みが重なり、全てが思い通りにいかずパニックに。「まだ仕事復帰は厳しいのかも……」と撃沈したと言います。

それからまだ1年半しか経っていませんが、再び本格的な仕事再開を決めた理由は一体何だったのでしょう? 実はそこには、主婦ならではの意外な理由があったようです。

「『きれいのくに』のプロデューサーの方の『これまでにないドラマをつくりたい』という熱意に共感し、私も一緒にチャレンジしたいと思ったんです。
そして実を言うと、家庭内での私の地位を上げるため、というのも大きな理由だったかもしれません。というのも子供たちは、何でも私にやってもらって当たり前、という感覚になっていたんです。『お箸取って』、『ママ、おかわり』、『パジャマどこ?』と……。当然、洗濯もゴミ出しも全部お母さんがやるもの。でも『それは違うよ!』という私のモヤモヤが大きかったんですよね。

たとえば上の子供は電車とバスに乗って通学をしているんですけど、よく忘れ物をするんです。
そのたびに私が取りに行くんですけど、バスに忘れ物をしたときは悲惨で。忘れ物の集積所がかなり都心から離れたところにあるので、半日仕事になってしまうんです。でも長男は、私が暇で、忘れても簡単に取り戻せるものと思っているから、いつまでたっても忘れる癖が直らない。
だから私が忙しくなれば、『僕が用事を増やしているとママがパンクする!』と気づくかな、と。私も何でもやってあげ過ぎていたのが良くなかったんですけど、子供たちに、『自分でできることはないか』『自分でできることはやろう』という意識を持つようになってほしかった、という思いもあったんです」

実際、加藤さんがドラマの撮影に行くようになってから、徐々にではあるけれど、子供たちに変化が見え始めたと言います。

「習い事も、前は『連れて行って』と言っていたんですけど、私が仕事を始めてからは『自分で行く』と言うようになったんです。
学校に行くときは、『水筒入れてくれた?』と確認するようにも。以前は水筒が入ってることが当たり前だったので、確認するということすら考えもしなかったので、一歩前進だと思います。
まだまだ自分で水筒を準備するところまではいっていませんが、これから私が忙しくなっていくのに比例して、できることが増えていくんじゃないかと期待しています」

 

華やかな芸能界で、多くの映画やドラマで主役を務めるほど活躍していた加藤ローサさんが、多くの母親が経験している心理と全く同じ思いで仕事復帰を決めていたことは、意外でもありましたし、とても親しみを覚えるものがありました。
まだまだ復帰の第一歩を踏み出したばかりですが、今後はどのようなスタンスで活動していきたいと思っているのでしょうか。将来的な目標についても伺ってみました。


「正直、先のことまではあまり考えていなくて。今はオファーをいただけること自体がありがたいので、それをしっかりやっていく、ということが一番の目標でしょうか。そうして、何とか仕事を続けていけたら……。

というのも復帰してみて感じたのは、今のところ良いことしかないな、という気持ちなんです。
いろいろな人と接することができて楽しいし、生活にメリハリが生まれたし。たとえばお茶碗を洗いたくないなあというとき、今までなら『明日でもいっか』と放置していたんです。誰にも迷惑をかけないし、頑張って洗ったところで褒めてくれる人もいませんから。
でも明日仕事があると、ちゃんと洗おうと思える。一事が万事そういう感じで、生活にメリハリが生まれて気持ちがいいんです。今はまだ週に1日程度の働き方ですけど、どんな状態でもいいので働いたほうがいいな、と痛感しています。今まで働くことを敬遠していた私が言うのも何ですけど(笑)」

よるドラ『きれいのくに』

 
 誰しもが抱える容姿へのコンプレックスにまつわる「ジュブナイルSF」。
高校生たちが暮らすのは、ほとんどの大人が“同じ顔”をした不条理な国。
恋愛の衝動がほとばしる“青春ダークファンタジー”。

【放送予定】NHK総合 毎週月曜 夜10時45分〜11時15分<全8回>
撮影/Junko Yokoyama( Lorimer management+)
取材・文/山本奈緒子
構成/片岡千晶(編集部)
この記事は2021年5月15日に配信したものです。
mi-molletで人気があったため再掲載しております。
 
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