皆さん、こんにちは。梅津奏です。

「ああ、それから、私は、で始めてもいけないよ。私のことに決まっているんだから」

江國香織さんの「泣かない子供」からの抜粋です。お父さんの江國滋さんが、小学一年生だった香織さんの日記帖を見て言った「お小言」。とても印象的で、文章を書くときや話すときによく頭に浮かびます。

「私は」と書き出すときのためらい。それは後ろめたさです。江國パパが言うように「私が書くのだから私のことに決まっている」という恥ずかしさと、「私のことなんて書いたって仕方ないのに」という自虐。後者は、「私の目線」を通して誰かに何かを伝えようとする小さな恐怖でもあるかもしれません。人一人の目線やものの見方って、ものすごく狭くて偏っていると思うから。


さて今日は、そんな「私が」の恐怖を感じてしまう小説を三冊ご紹介します。


「金閣寺」三島由紀夫

 

NHKの人気番組、「100分de名著」の5月期課題図書ですね。

1952年に発生した金閣寺放火事件を下敷きにした、三島由紀夫の代表作です。時代は戦中戦後の混乱期。吃音と容姿に強いコンプレックスを持つ青年は、金閣寺の美に憑りつかれ、あらゆる人間関係に敗れて精神に異常をきたしていきます。


ほとんど呪詛に近い調子で、私は金閣にむかって、生れてはじめて次のように荒々しく呼びかけた。
「いつかきっとお前を支配してやる。二度と私の邪魔をしに来ないように、いずれ必ずお前をわがものにしてやるぞ」


敗戦という大きなショックにより、主人公はどんどん歪で破滅的な妄想に駆られていきます。「私は」「私は」と吃りながら突き進む主人公を追いかけながら、「誰か止めてあげて」と叫びそうになる。小説という閉ざされた世界の中では、登場人物以外の語り手がいないと客観性というものが極端に希薄になるのがよく分かります。

講師は作家の平野啓一郎さん。「私とは何か 「個人」から「分人」へ」を年始に読み直したな。奥様の春香さんのDomani時代からのファンです。(ミーハー)

 


「日の名残り」カズオ・イシグロ

〔ミモレ編集室〕で開催している読書会の課題図書にもしましたよ~♪

この本を、「怖い」と言うのは、もしかしたら少数派かもしれませんが。

ノーベル賞作家、カズオ・イシグロ。本作は、英語圏最高峰の文学賞であるブッカー賞を受賞しています。今年3月、ノーベル賞受賞後初となる長編小説「クララとおひさま」が発表されましたね!


本作の舞台は第二次世界大戦後のイギリスです。語り手は、大きなお屋敷ダーリントン・ホールに勤務する老執事スティーブンス。新しくやってきたアメリカ人主人の元で、自分の加齢による衰え・お屋敷の人手不足に嘆きながら業務を回す日々。そんなある日、元同僚の女中頭ミス・ケントンから手紙が届きます。


たしかに、手紙のどこにも「もどりたい」の五文字は書いてありません。が、ダーリントン・ホールの日々への深い郷愁は文章の随所で感じられ、全体のニュアンスから伝わってくるメッセージは間違いようがありません。


スティーブンスはこの手紙を頼りに、ミス・ケントンを再雇用すべく彼女の住む土地へ旅に出ます。スティーブンスの、自分の冷静さ・勤勉さを殊更に強調する語りの端々に、彼女との過去のあわーーーいラブロマンス(淡すぎるわ)を反芻している様子も垣間見える……。大丈夫?それ、あなたの独りよがりな勘違いだったりしない?と読んでいるこっちがヒヤヒヤ。

一人称で語ることは、相手に(読者に)語り手の考え方や感じ方を「前提」として押し付けることです。それって、読む側からしたらストレスじゃないですか?私の我が強いだけ?でもだからこそ、(本作のように)一人称の語りが成功すると、物語にとても大きい効果を生じさせるのでしょうね。


「アクロイド殺し」アガサ・クリスティ

 

一人称で語られる文学を「怖い」と思うようになったきっかけは、多分このミステリ小説です。

クリスティ作品の人気キャラクター、名探偵ポワロシリーズ三作目。
イギリスのある村で、お金持ちの美しい未亡人が亡くなります。死因は睡眠薬の過剰摂取。「自殺か?他殺か?」噂好きの村人たちが大盛り上がりする中、未亡人が生前付き合っていた富豪の男性も不審死を遂げます。検死を担当した村の医師は、探偵を引退して村に引っ越してきていたポワロと協力して、二人の死の謎を解こうと動き始めます。


わたしは一瞬、不安に胸が疼くのを感じた。もしかしたら――いや!それは絶対にありえない。その後、ラルフがわたしを屈託なく歓迎してくれたことを思い出した。馬鹿げた想像だ!


「なんだそれは!そんなのアリか!」と叫んで壁を叩きたくなるラストのどんでん返し。

最初に読んだときは、その衝撃を一人で抱え込み悶々としていました。大人になってから、「このオチは、読者に対してフェアかどうか」を論じる書評を読んで、仲間を見付けたような、積年の恨みを晴らしたような気持ちに(笑)そういった点も込みで、間違いなく面白い名作。このブログを書くために再読し、まんまと睡眠時間を奪われました。(日曜の夜に)


こんな感じでしょうか。
「私は」ばかりで喋る人、「●●さんはこう言っていた」と虎の威を借る私 (オイオイ)、「あなたはどう?」と相手を気遣う人、「世間は~」と語る謎の人。主語は適切に、効果的に使っていきたいものでございます、はい。

 

「私は」「私は」とグルグル考えごとをし過ぎるとろくなことがありませぬ。週一ペースで実施しているZoomインタビューが、凝り固まりやすい思考に良い風を吹き込んでくれます。インタビューをブログにして、〔ミモレ編集室〕で毎週月曜更新中です。写真は、ミモレブロガーの小黒悠さんにインタビューしたときのもの。私、嬉しそう。
自宅リビングでのインタビューはこんな感じでやっています。傍らには甘いものと温かい飲み物が必須。