悩むこと、老いること──自然のなりゆきまかせ


みんな寂しい、悲しい思いをしていますよ。
幸福そうに見える人でも、解決しようのない、
悩みみたいなものを持っているんじゃないでしょうか。
だから人を羨ましがるとか、妬むとか、そういうのは愚かですよ。

若いうちは考えられなかったことを、老いてずいぶん色々感じたり、
知ることができたから、やっぱり長生きしてよかったと思いますよ。

若さは謳歌するもので、賛美されるものではない。
若いときはこうだった、ああだったって、年寄りが過去の自慢話をするなんて野暮。

どうでもいいやと自然のなりゆきまかせ。
でなきゃ、こんなに長く生きて来られませんよ。
いちいち、あー大変だ、あー不安だ、あー憎らしいってやっていたら、
忙しすぎて生きていられない。
たいていのことは、ああそうですかで済んじゃう。

「みんな誰だって1人...孤独と向き合う」107歳の世界的美術家が語る、長生きのヒント_img2
 

終戦後、精力的に創作活動に励んだ篠田さんは海外からも注目されるようになります。そして1956年、彼女は招かれるかたちでアメリカに渡ります。まだ日本人の海外渡航が困難だった時代。女性が単身で海を渡るのは常識破りの出来事でした。そのときの心境を、篠田さんはこのようにつづっています。

「これまで、自分の人生を年齢や世間の常識などで規制したことは一度だってありませんよ。絵さえ見せりゃいいと思っていた。英語ができようができまいが、私には作品があると。勇気があったとか、そんないいものじゃありませんよ。成りゆきまかせですよ」

 

篠田さんは成功に浮足立つことなく、どこか冷めた目で自らの状況を見つめていました。それは、「成功したい、有名になりたい」という欲望からも自由でいたいという気持ちの表れだったのでしょう。

「欲望が少しでも満たされると、そこに人は生きがいがあると思ってしまう。生きている以上、そうした欲望の虜になって暮らしてもしようがない、それが現代人の普通の暮らしになっている。欲望というものと、どういうふうにしてうまく付き合っていくか。人間の歴史への問いかもしれませんね」

107年の生涯を通じてなにものからも自由であることを貫いた篠田さん。彼女は亡くなる直前まで活き活きと創作活動に励んでいたそうですが、その原動力は「自由」だったのかもしれません。

「自由っていうものは寂しいものなの。不自由というのは、いろんなものに囲まれて、守られているし、安定もする。でもほんとうの自由を求める人は、寂しく、孤独で不安であっても、自由というものを持っていることで満たされているんです」

「みんな誰だって1人...孤独と向き合う」107歳の世界的美術家が語る、長生きのヒント_img3
 

『これでおしまい』
著者:篠田桃紅 講談社 1540円(税込)

今年の3月に107歳でこの世を去った世界的美術家・篠田桃紅さんの最新エッセイです。篠田さんの人生哲学を短い言葉で伝える「ことば篇」と、これまでの人生を写真と文章で振り返る「人生篇」で構成。人生100年時代を自分らしく、そして楽しく生きたいと願う人にとって心強いエールとなる一冊です。



構成/さくま健太