こんにちは。週末、いかがお過ごしですか?
先日は七夕でしたね。皆さまは何かお願い事をされましたか?

以前、公共図書館で働いていた頃は、来館した子ども達が書いたお願い事を眺めるのが好きでした。

ちいさくて可愛いお願い事も、壮大なスケールのお願い事も。
読んでいると、そのときどきの子ども達のトレンドまで分かります(流行っているアニメやキャラクター、ゲームなど…)

私が子どもの頃は、ケーキ屋さんが大人気でした。現代っ子たちは「パティシエになれますように」と書くようですが……。

幼稚園年中さんのときの私。さて、このとき初めて書いたお願い事は何だったのでしょうか…? 答えはブログの最後に(笑)

 

この季節になると思い出す人がいます。
母のご近所さんです。

ご近所さんと言っても、家のご近所さんではなく、入院時に同じお部屋だった人のことです。

在宅介護だった母ですが、うっかり病気にかかって入院することが、何度かありました。体力や免疫が下がっている分、いろんなものをもらいやすいのです。

治るまで、そして様子を見るため、と、なんやかんやで1か月程度入院するため、同じ部屋の人たちとはちょっとしたご近所付き合いが始まります。

私はというと、ひとたび母が入院すると、夕方に仕事を終え、家で荷物を取り替えて病院に向かい、母のベッド脇で夕食を食べ(多分ほんとはダメ)テレビを一緒に見て、なんやかんやで21時までそこにいる(制限ギリギリ)、といった具合なので、母のご近所さん達とも、自然と顔見知りになります。


カーテン越しのご近所付き合いは、人それぞれ色々で、母とよく会話をしてくれる人もいれば、頑なにカーテンを開けない人もいるし、私が行き来するたびにニコニコ手を振ってくれる人も。

ご近所さんのご家族と遭遇することもよくあります。
「お向かいは毎日お昼過ぎにご主人が来るのよ。お歳だけどいつもキチンとした格好で来るの」と、母。
向かいのベッドのNさんのことです。

休日ともなると、ベッドによってはご家族大集合。楽しそうな会話が聞こえ、こちらまで笑ってしまいます。
そうかと思えば、ふとラウンジに行くと、さっきの賑やかな家族が神妙な面持ちで話をしていたりするので、病院というのは本当に不思議な場所です。

また、いつも誰も来ないな〜と思うベッドもあり、なんとなく気になったりします。


ある日、ちょうどこのくらいの暑くなり始めた季節、母の退院が明日と決まっていた日のことです。

いつも通り夕方に訪ねると、母が目を輝かせて「今朝すごくいいものを見たの」と。

話を聞くと、朝早く目が覚めてしまってゴソゴソしていると、向かいのNさんがそっとカーテンを開け、声をかけてくれたそうで。

そして2人で、窓際に座って、赤々と昇るとてもきれいな朝陽を見たのだそう。
「少しずつ明るくなって、さぁーっと、真っ赤ですごく綺麗だった」

夕陽じゃなくても赤いんだな、なんて思いながら、その日母が見た朝陽の話を、私は何度も聞きました。
おそらく、カーテンの向こうにいるNさんも。


その日の夜は、近隣で花火大会が行われました。
Nさん、母、私は、病院の窓から遠くにキラキラと光る花火を眺めました。防音がしっかりしているせいか音は聞こえませんでしたが、夏の気配を感じることができました。

病室の前には七夕の笹が飾られていました。穏やかで、静かな夜でした。


翌日私は、退院する母を迎えに行き、ご近所さん達ともご挨拶。
Nさんもさらに翌日退院とのことで、良かったですねぇなんて会話をし、住所を交換して別れました。


ご近所さん達とは、またねを言いません。
また会う日のない、入院中限りのご近所さん。元気でね。お大事にね。
そう言って、お別れです。

結局、Nさんとはハガキを一枚送ったきりでしたが、
七夕の季節になるといつも、母達が見た朝陽を想像して、幸せな気持ちになります。

今は入院中のお見舞いも難しいと聞きますし、こうした交流はなかなか出来ないのでしょうね……。病院という特殊な環境での人付き合いは、煩わしさもなくはなかったですが、案外救われる瞬間もありました。

1日でも早く、この事態が収束しますように。

 

さて、子どもの頃に私が初めて書いた七夕のお願い事は何だったのでしょうか。

 


「おとうさんがおにわつきのおうちをかってくれますように。」

ううむ、現実的のような、非現実的のような……(笑)

それでは、良い週末をお過ごしください♪