幸福なチーム
瑤子は昔から、妙に頑固なところがあると家族に言われて育った。
わがままというのでもなかったが、本当に欲しいものが見つかるまではおもちゃだって洋服だって適当に買うということができなかった。
「瑤子の欲しいようなスカートはないし、もうこれでいいじゃないの。春奈はとっくに選んだのよ」
そんなふうに母親に呆れられても、自分が心から素敵だと思わないものはどうにも欲しくない。
対して、4つ違いの妹・春奈は空気を読むのがうまく、目の前にあるものの中からベストを、波風立てずに選んでいた。
しかもそれについて不満を持っているようにも見えない。あまり執着がなく、あるがままを受け入れるタイプなのだ。
その性質は大人になっても変わらなかった。春奈が23歳で乞われるままに結婚し、26歳で英梨花を生んだあと、紆余曲折を経てヒトデナシ旦那と離婚、苦労する羽目になったのはそのせいだと瑤子は思っている。
朗らかでマメだが、すこし流されやすいところがある春奈は、離婚後に専業主婦から正社員になろうと頑張ったがうまくいかなかった。
それは新卒で入社した会社に43歳の今までかじりつき、バリバリと音を立てる勢いで仕事をこなす瑤子と対照的だった。
瑤子は、昔から自分が欲しいものが明確にわかっていて、それを諦めずに頑張るのが人生だと思っている。
お姫様のようなドレスよりも、背筋が伸びるようなネイビーのワンピース。
毛糸のミトンよりも、柔らかい革の手袋。
家族で行く賑やかなワイキキよりも、マイペースにワイナリーを周る美食旅のボルドー。
安定しているけどやりがいに乏しい仕事よりも、激務でも人が面白い仕事。
適齢期にちょうど付き合っていた結婚向きの男性よりも、性格も体も相性抜群の結婚願望のない男。
そうやってひとつひとつ選んできたら、いつの間にか今のところに立っていた。
そして40歳になったとき、瑤子は多くを持たなかったけれど、手にしたものは本当に好きなものだと確信することができた。
もしかして他の人が見ればやせ我慢に聞こえたかもしれない。
でも誰がなんと言おうと、瑤子は働きに働いたあと、すっぴんでベランダに出てビールを飲むとき、幸福以外のなにものでもなかった。
全てがよい塩梅になり、あとは苦手な家事を引き受けて、後ろを守ってくれる奥さんが欲しいと半分冗談で言っていたときのことだ。
春奈が英梨花を育てるためにパートを3つ掛け持ちして体を壊したのを見かねて、妙案を思いつく。
この際、困ったときはお互い実生活をカバーし合おう、と。
そして瑤子が41歳のときに、春奈と英梨花が瑤子のマンションに引っ越してきた。ローンは完全に瑤子が払い、それとは別に、さらに3人の生活費の半分を瑤子がもった。
そのかわりパートを負担の軽い一つだけにした春奈が、家の煩雑なことのすべてを取り仕切り、炊事洗濯を担当してくれる。
敏腕営業として女性ながら超大手外資系メーカーで成果を出し、おおいに稼ぐ瑤子と、パートタイム主婦として家を居心地よく整える春奈、そして素直で明るい英梨花。
3人は、ちょっと奇妙で、だけど理想的なチームだった。
もちろん、瑤子だってこれが永遠に続くと思ってはいない。他人からみるとそんなのはいびつで正しくないと言われそうで、会社でも一人暮らしで通していた。
でも、一人のときよりも、守るべき「なんちゃって家族」がいる今のほうがずっと充足感がある。
……そう、9月のある日、1本の衝撃の電話が瑤子のもとにかかってくるまでは。
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