言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
 
そこにはきっと、彼女たちの「守りたいもの」がかくれているのだ。これは、女性それぞれが抱いてきた秘密と、その解放の物語。

これまでの話
大手外資系メーカー勤務の瑤子(43)は、充実した毎日を過ごし、8歳歳下の恋人・彰人との仲も順調。
しかし瑤子には秘密がある。妹の春奈と、姪の英梨花を養う大黒柱だということだ。
そんなある日、なんと初期の乳がんが発覚。動揺する瑤子だが……?
 


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「がんになった」と誰にも言えない。43歳で突然の「乳がん宣告」を受けた女性の迷い_img0
 

第2話 瑤子(大手外資系メーカー勤務・43歳)の話【中編】


「この病院は雑誌で読んだことある……けど紹介状書いてもらったとして、何のコネもない初期の乳がん患者って、すぐ診てもらえるのかなあ」

瑤子は、一人自室でiPadを眺め、ため息を漏らした。検索キーワードは「乳がん 名医 病院 東京」。

再検査の結果を聞いたあと、病院の受付で「紹介状が必要でしたら、次回、病院名と医師名を伺えれば記入してお渡しします」と言われて考え込んでしまった。

なんとなく、「この病院が専門ですよ」とか「近隣の大学病院リストはこちらです」とか提案があるのかと思ったが、患者に一任されていた。

――こういうとき実家が東京で、お母さんが近くにいたら、いろいろ訊けるんだろうけど。

瑤子は金沢の母親のことを思う。疎遠というのでもなかったが、忙しくて年に1度か2度帰省する生活が続いていた。

LINEのやりとりの中に、急に「ちょっとがんになっちゃって」とは入れにくかった。

とりあえず、病巣を見つけてくれた鶴見医師に今後の詳しい治療方針をきいてみよう。これまで病気と無縁で、働きながら闘病する生活なんて想像もしたことがない瑤子は、基礎知識がなさすぎた。

来週の診察予約を入れて、またひとつため息をつく。一人でぐるぐる考えていると、ロクなことがない。

かといって、現段階で春奈と英梨花に話すのははばかられた。二人はショックを受けるに違いない。

瑤子は頭をひとつ振ってから、こちらのほうがよっぽどマシとばかりに仕事の資料を開いた。

「瑤子さん! 久しぶりだね、元気にしてた?」

マンションのドアが開き、2週間ぶりに彼氏の彰人の顔を見たとき、瑤子はいくぶんほっとして自然に笑みがこぼれた。

今夜は嫌なことは忘れよう。ひとときだけ、都会の満ち足りた女として恋人に甘えて、秘密を飲み込もう。

瑤子は何かを断ち切るように玄関のドアを後ろ手に閉めた。