しかし同時に、この異例の決断には、否定的な驚きや意見も数多くあります。そもそも示された効果がとても小さなものでした。また、これまで数多くの類似薬が失敗に終わってきた背景もあり、この一つの試験の結果だけ、まして再解析の結果をもとに承認をしていいのかという見方ができます。
副作用に関しては、アデュカヌマブを投与してAβを除去していく過程で、一定の確率で出血や脳浮腫を起こす可能性も指摘されています。当然、長期の投与による副作用は未知数です。5年間投与し続けたら何が起こるのか? その答えを知る者はいません。
そして何より忘れてはならないのが、抗体製剤には、これまでの治療薬とは比べものにならないほどお金がかかることです。
抗体製剤の費用は一人年間2000万円
様々な意見がある中、現在アデュカヌマブには再試験が課されています。また、治療ではなく予防に使えば有効かもしれないという議論もあります。まだ、Aβが数多く蓄積していない状態から投与をすれば、認知症を防げるのではないかという考えです。
しかし、薬剤費用は年間一人あたり2000万円にも上ると予想されています(参考文献3)。このことから、何が起こるかを予想してみます。
アルツハイマー病患者は日本国内だけでも600万人ともいわれます。仮にその1%の方がこの薬剤を使い始めたとしても、使用人口は6万人。6万人にこの薬剤を投与したら、単純計算で年間1兆円を超える金額を単一の薬剤に投資することになります。
社会保障費全体で見れば、1兆円と引き換えに、患者さんの介護費用や合併症治療に使われる医療費が軽減できるといった副産物も生まれるかもしれません。しかし、1兆円をそれこそ介護に投資すべきだという意見もあります。国民が加入する保険費用が使われていくのですから、そこには合意形成が必要です。
このように、認知症の薬剤開発は、たしかに前進を見せています。ただ、まだまだ議論の余地も多いところであり、すぐに私たちのメリットにつながるということは難しそうです。
前回記事「アルツハイマー病の予防に有効な薬はあるのか【医師が解説】」はこちら>>
参考文献
1 Schneider L. A resurrection of aducanumab for Alzheimer’s disease. Lancet Neurol 2020; 19: 111–2.
2 Dunn B, Stein P, Cavazzoni P. Approval of Aducanumab for Alzheimer Disease—the FDA’s Perspective. JAMA Intern Med 2021; published online July 13. DOI:10.1001/jamainternmed.2021.4607.
3 Talan J. An Experimental Drug for Alzheimerʼs Disease Heads to the FDA. Neurol Today 2019; 19: 1.
写真/shutterstock
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