大恋愛の結末
有希が新卒の時、航空会社の総合職を受けたのは、大学時代に必死に磨いた英語力と、地道で我慢強い性格を生かせそうだと考えたからだ。
なにか特別な才能や専門性があるわけじゃない。
でもコツコツやるのが苦にならなかったし、ソフトボールも中学校から10年、書店でのアルバイトも4年続いた。
一度始めたらあまり気が散らないのが有希の強みなのだ。
航空会社は華やかなイメージがあったが、業界を絞らずに会社説明会を巡っていたとき、総合職はまさに乗客はもちろん、CAやパイロットを支える縁の下の力持ちなのだと知った。
有希の直感は正しかったのだろう。自分の強みと展望を真摯に伝えたところ、数十倍の難関を突破した。
正直言って、最終面接に残っていた子は皆、見た目も中身もキラキラで、何故どちらも地味な自分が内定したのかわからなかった。
もちろん留学せずにTOEIC900点というのは、加点の要素になったに違いない。
でも何より、それはコツコツ努力する有希の性格を端的に表していた。おそらくそれこそ会社が求めているものだったのだろう。
晴れて入社し、必死に働いて、あっという間に15年が経った。
その間に東京の本社のみならず、北京支店勤務で営業、成田空港ではグランドスタッフとして働いた。
そして本社に戻ってきたタイミングで、大学時代から付き合っていた良平と結婚した。
海外遠距離恋愛を含めて、8年。30歳でのゴールインは、意外にもドラマチックからは程遠い。
転勤と同時の家族用社宅申請は通りやすいので、それを最大限利用しようと良平が言った。彼の勤めるIT企業には福利厚生がほとんどなかった。
現実的な側面があったとはいえ、新婚生活は滑らかにスタートした。
だからほんの少しも、予想していなかった。
平常心&細く長く、がモットーの自分が、学生時代からの恋愛、しかも遠距離恋愛を成就させてまで結婚した相手と、離婚するなんて。しかもシングルマザーになるなんて。
◆
「有希さん、昨日はありがとうございました」
ランチタイム。フリースペースでお弁当を食べていると、麻衣がスタバのラテを二つ持って近づいてきて、一つを差し出しながら当然のように向かいに座った。
――ん~、先輩ののんびりおひとり様タイムを邪魔してるかも、とか遠慮はないのね。
有希は内心ツッコミながらも、麻衣なりに昨日のことを感謝してくれているとわかってほっとした。
「ありがとう、麻衣ちゃん。じゃあ遠慮なくいただくね」
麻衣は、いつも相手の目をまっすぐに見て、にっこりと笑う。それは28歳という若さのせいなのか、帰国子女の特性なのか、どちらにせよ有希には少し羨ましい。
「有希さん、相談してもいいですか。昔のことを思い出してみて、若いとき、有希さんはどうやってオンオフの優先順位つけてました?」
有希は思わず、目を丸くして麻衣を見た。そんな藪から棒に「もうアナタは若くないけども」と宣告しなくても。
麻衣は、まだ数少ない女性の総合職の後輩だ。
有希たちの航空会社は、割合で言えば6割以上が女性社員だ。総合職を含む地上職、パイロット、客室乗務員の中で一番人数が多いのが客室乗務員なので当然だろう。
しかしそんな中で、総合職の女性というのはまだ多くはない。
だから人事が、OJTのようなつもりで有希の下に麻衣を付けたのもわかる。おそらく帰国子女で英語と中国語が話せる麻衣は、本社で1・2年働いたあと、海外支店に武者修行に出される秘蔵っ子のはずだ。
有希は、テーブルを綺麗にしたあと、ありがたく麻衣が持ってきたラテに口を付けた。麻衣がキラキラした目で身を乗り出してくる。
「私、今は転勤したくないんです。もし海外に異動が出たら、転職も考えていて。その前に有希さんのプライベートなお話、伺ってもいいですか?」
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