言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
そこにはきっと、彼女たちの「守りたいもの」がかくれているのだ。
これは、それぞれが抱いてきた秘密と、その解放の物語。
第5話 航空会社総合職・有希(38)の話【中編】
最初は、もちろん隠す気なんてさらさらなかった。
その証拠に、有希は離婚届を提出した足でさっさと勤務先の人事総務に出向き、所定の手続きを済ませた。
届出はコンプライアンスに厳しい会社の総務らしく、個人情報として管理され、知り合いに見られることも詮索されることもなく、スムーズに処理された。
ちょうどその頃、半年前は本社スタッフの大多数がリモートワークに切り替えていた。航空会社は大打撃を受けていたため、この苦境をなんとか乗り切ろうと皆が必死だった。
――会社の存続がかかってるこのときに、わざわざオンラインで離婚したことを報告するのもなあ……。旧姓で仕事してるから、そこは問題ないし。そのうち出社になるだろうから、その時にまず浜野部長と富永課長に伝えて、それからみんなに報告しよう。
社宅に住める期限はまだ数年残っていた。3歳の娘、玲菜の親権はもちろん有希が持ったので、居住中のファミリー向け社宅、駅徒歩5分の2LDKを出ていく必要はない。
生活は表面上なめらかに、再スタートした。
大丈夫、離婚したからって、人生が何もかも変わるわけじゃない。
一生懸命仕事をして、18時30分までに玲菜を保育園に迎えにいく。電動自転車で一緒にスーパーに寄り、今日1日のお話をしながらごはんを食べて、くっついてベッドに入る。
横たわると、有希はようやくゆるゆると息を吐いた。大丈夫、今日も一人でうまくやれた。
なにせ、良平とは大学時代から付き合っていたので、しばらくは彼がいない生活というものに身構え、緊張していた。
結婚しているあいだ、家事育児の負担で言えば、有希のほうが多かったと思う。だから彼がいなくても、意外に生活は回る。
慰謝料も養育費も、収入から算出して適切な額が一括で振り込まれたので、有希が仕事を続ければ、何とか玲菜を大学まで出してやれそうだ。
それでも有希にとって、離婚してみて想定外のことがひとつだけあった。
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