気まずい質問
「私の話なんて普通、普通よ。なんにも麻衣ちゃんの参考になるようなこと、ないと思う」
有希は大袈裟に首を振った。しかし麻衣はめげない。細くて長くて白い首の上に、絶妙にのっかっている小顔を傾げている。
「そんなことないです。有希さん、北京にも千歳にも転勤してますよね? 成田にも2年住んでるし。その間、どうやって彼氏とキープコンタクトしてたんですか?」
「いや~、まあ。成田のときは勝田台に部屋借りて一緒に住んで……彼は大手町通勤だったからなんとか……。あとは航空券、社員割引があるから、遠距離のときは月イチで帰ってきたりとか」
説明しながら、有希は当時のことを思い出して胸をぎゅっとつかまれたような気がした。
そうだ、大好きな良平となんとか別れないように、あんなに一生懸命だったのに。
「でも、そうやって頑張っても、次の異動もどうなるかわからないですよね。私、以前は転勤むしろ大歓迎、って思ってたんです。
だけど、ホントに将来を考える人が出来たら、それってあまりにもハードルが高いなって。どうやって結婚生活続けるのか、想像ができなくて」
「うん、本当にそうだよね……」
話の雲行きが怪しくなってきた。秋なのに、背中にじっとりと汗をかき始める。
「だけど、大きな声で言いにくいじゃないですか。お前、わかっててこの仕事に就いたんだろって。今更そんなこと言うなんて、これだから女は、って思われるような気がして。
でも、家族ができてから、それを仕事より優先したいと思うようになることは、それほど未熟なことなんでしょうか。心変わりだと責められるようなことなんでしょうか……」
有希は、それを肯定も否定もできなかった。
ただ、固まって、沈黙を埋めるようにラテを口に運ぶ。なんの味もしなかった。
「……麻衣ちゃんは大丈夫。今それに気が付いたら、間違えないと思うよ」
「そうでしょうか。私、本当にうまくやる方法がわからなくて。有希さん、去年私が異動してきたとき、おっしゃってましたよね。やってみれば、道は拓けるって」
有希はぎくっとする。その頃はまだ、離婚してなくて、もがいている最中だった。自分に言い聞かせたくて、偉そうなことを言ったような気がする。
「そう、だったかな? やあね、私、説教臭い。さあ、そろそろお昼休み終わりかな?」
その場から逃げるように支度を始めた有希を、麻衣はまだ何か言いたげな目で見ていた。
――バカバカ、不自然すぎる。でも……アノ事は、昼休みに言い出すことじゃないし、順番もあるし……。でも、それじゃ一体いつならいいの……?
有希は混乱して、ショートしそうな頭を小さく振った。
離婚して半年。なんと有希は、いまだに職場のみんなに離婚したことを言いそびれていた。
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第2回「「がんになった」と誰にも言えない。43歳で突然の「乳がん宣告」を受けた女性の迷い」>>
第3回「8歳年下と「結婚を考えない真面目な交際中」に乳がん発覚。43歳の彼女が一番に調べたこととは?」>>
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